安曇野ご当地ソングCDのジャケット。

音源の完成は、残っている楽器のレコーディングの都合で8月末になってしまいますが、
取り敢えず春に行った時に撮った写真で、
安曇野ご当地ソングCDのジャケットデザインできました。

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誕生日のお祝いしてもらいました。

誕生日の日は、山野さんとレコーディングでしたが、
翌日は、浦和「らうんじ サンアイ」のマスターに呼ばれて、
少人数で誕生日のお祝いをしてもらって来ました。
考えたら、結構誕生日の日はどこかに行ってることが多いですね…。
3年続けて海外ということもありました。
1階のお店は閉店したままですが、2階ではコロナ対策しながら健康麻雀やってます。
・以前は警戒心が強かった愛ちゃん、こんなに懐いてくれました。
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・マスターといつもコンサートに来てくれる井上さん。
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・清美さん手作りケーキ。
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【追憶の故郷】フォトスライドショー。

この3、4日パソコンが不調でした。
最近パソコンが重たくてなっていたので、データを整理しながら、
ムービーメーカーでフォトスライドショーを作る作業を始めたら、かなり容量を食うこともあり、
それがまずかったようでパソコンがダウン。
システムの復元も、通常作業以外にネットで調べながらコマンドプロンプトなどの方法も試しましたが、
結局駄目で初期設定せざるを得なくなってしまいました。
バックアップを取っていたので安心していたら、筆まめの住所録のバックアップを忘れてしまっていました。
以前も飛ばして4〜500人くらい入力し直したのに、またその作業が待ってますね…。

さて、それはそうと、親切にも知人が情報を教えてくれて、ぎりぎりパソコンが復旧したこともあり、
コロナ禍での音楽家支援プロジェクト応募用にフォトスライドショーを作ってみました。
コロナの感染拡大が、このところ東京はじめ全国的に及んでいることもあり、
両親なんかもかなり気にしているので、この夏は、佐渡への帰省を自粛する方向で考えています。
そんなこともあり、故郷をテーマにした曲を選曲しようと思い【追憶の故郷】にしてみました。
第一弾、ニ弾に分けて募集があるようですが、第一弾は今月22日締め切り、
第二弾は8月に入ってからのようですので、もし興味があるミュージシャンの方がいたらお声かけください。
いくつか簡単な条件があるので、詳細お知らせします。

昨日は、レコーディングでした。

自分が作曲プロデュースした菊地幹夫さんの【佐渡望郷讃歌】、
今日でジャケットデータ、マスター音源の手配、入金作業と全てが終わり、
7月末頃の完成を待つのみとなりました。
70歳代半ばのアマチュアの人が歌っているので、
もちろんプロのようにはいきませんし、
アレンジもシンプルで良いというので、
ピアノ、ギター、尺八、篠笛(間奏途中の佐渡おけさ)と、
最低限の音で仕上げましたが、凄くカッコよくできていると思います。
また、亡くなられたご両親や故郷への等身大の思いが込められた歌詞で、
何だか癖になって毎日聴いています。
そして、今日はまた、山野さん宅で自分の曲のレコーディングでした。
これからフルバンドでレコーディング予定ですが、
佐渡で漁師をしている同級生の応援歌【漁師一筋男歌】の
ギターをベースにしたレコーディング用仮歌、
前回録った2曲の部分的な歌い直し、
そしてご縁があって作っている安曇野の歌3曲分の歌入れとハーモニカで、
3時間位のレコーディングでしたが、予定通り効率よく終わりました。
【漁師一筋男歌】も、同級生のリクエストで演歌として作りましたが、
最近何だか演歌にご縁があるので、YAMATOの演歌CDでも作ろうかな…?と。
ハードロックから演歌まで、ジャンルを越えて対応しま〜す!

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七夕だったので。

人に言われて思い出しましたが、七夕の歌がありました。(笑)
振り返ると、この七夕の時期って例年はかなりの確率でライブやってましたね…。

【七夕の夜の願いごと】

5日は「YOKOTAファーム」へ。

5日は、これまでの土田さんの畑ではなく、
昨年夏の訪中団の際に、我々一班の世話役的に動いて頂き、
最後の班ごとのアトラクションで、
自分に何とか歌わせようとギター購入の段取りまでして頂いた、
横田さんの千葉の四街道にある「YOKOTAファーム」まで行って来ました。
中国留学時代の仲間で、訪中団の企画に声をかけてくれた、
団長をされた近藤衆議院議員の政策秘書苫ちゃんと、
横田さんと一緒に、
いつも自分のライブに足を運んでくれている大竹さんがメンバーでした。
土田さんのような強烈な広さの畑ではないんですが、
畑以外にご自分で建てたと言う小屋や倉庫が凄かったです。
これから、残っている敷地に簡易的に宿泊できる小屋も建てようと
計画しているようです。
と言うことで、このところ畑のご縁が続きます。
是非、希望者は遊びに来て下さいとのことです。

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・テーマパークさながら。
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・トマト狩り
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・メインの小屋。
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・前菜用のテーブル。
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・メインディッシュテーブルへ。
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・流しそうめん器。
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・横田さんが用意してくれた料理2品残してギブアップ。106616061_3116374215118766_1677703977145229694_n

 

7月4日に開催された佐渡の牛市。

先日行われた7月の佐渡牛市、競りの前に行われる品評会では、
前回4月の牛市に続き、また雄の部で父親の牛がチャンピオンを獲ったようです。
年3回牛市が開催され、毎回品評会があるんですが、
かなりの確率で父親の牛がチャンピオンを獲っているようで、
牛を飼っている人達から打倒山登を目標にと冗談で言われているようです。
自分が中学校の時に、父親が副業として乗り出した和牛の繁殖業、
当時は、平均して今の価格の3分の1以下ではなかったかと思いますが、
40年程続けて来て、もうすぐ85歳になりますが、
一目置かれる繁殖農家になりました。
でも、何でそんなに常に良い牛を育てられるのか不思議に思うことがあるんですが、
親牛が4〜5頭と言うことで、多頭飼いではないので、
手をかけられることもあると思うんですが、
本人は「動物は、愛情を注げば裏切らずに必ず応えてくれる」
と言う確固たる信念があるようです。
いつも、子供や孫に話しかけるように接していますし、
家では母親と二人、まるで子供や孫の成長を楽しむかのような会話をしています。
言っていることと結果が合致しているので、妙に信憑性を感じてしまいます。
4月の牛市からコロナの影響で平均して価格が下落していて、
しかも、今回は毎回父親の牛を競って高値で買って行ってくれる馬喰さんが
来てなかったようなんですが、
自分で思っていたよりも高値が付いたようでご機嫌でした。
85歳と言うことで、一年一年の体力の衰えは否めないようですが、
あと何年生き甲斐にして頑張れるかですね。

・20代と思われる父親の写真。   ・今回チャンピオンを獲った牛と。
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土田さんの畑の最後のじゃがいも掘り。

2日は朝連絡があり、
午後から土田さんの畑に3回目最後のじゃがいも掘りに行って来ました。
本来2日晴れが続かないと、
掘った後で湿った土が付いているとじゃがいもは腐り易いそうなんですが、
梅雨の時期で2回目掘ってからなかなか2日続けての晴れがなかったので、
午前中の晴れにかけて、なるべく土が乾くように、
午後遅めの時間に掘ることにして、最初は落花生畑の草むしりをしました。
じゃがいもは、やっぱり掘ると湿り気のある土が付いていたので、
掘った後暫く天日干しする時間を作り、
その間、また今採れる野菜をあれやこれやとお持ち帰り用に用意して頂きました。
今日もいい感じで風が吹いてくれていて、
日は照っていましたが、涼しく作業しやすかったです。
初めて知人に連れて来てもらった一昨年の作業は、
7月10日頃だったと思いますが、
炎天下でものすごく暑かった記憶がありますが、
今年は土田さんが時期を早めたこともあり、毎回快適な気候での芋掘りでした。
日が長くなっているので、じゃがいも回収し終わると19時になっていました。
自宅にいるとわかりませんでしたが、畑ではすでに蝉が鳴いていて、
コロナ禍の騒ぎのうちに、
もう夏がすぐそこまで来てることを実感して帰って来ました。

・落花生畑。
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・ちょっと早いとうもろこし。
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・最後のじゃがいも掘り。
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・無農薬なので、イモムシがたくさん。
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朝霞の歌作ってみました。

朝霞在住の友人からの依頼で作った曲。
朝霞をテーマに撮影する映像に絡める予定です。
正直、作れるかどうか余り自信はなかったんですが、何となくできました。
朝霞を知っている人なら何処かわかるような場所を、いくつか歌詞に入れました。
もちろん曲もできてますが、バラードにするか、
ちょっとアップテンポにするか思案中。
どちらにもアレンジできそうなので、
両方デモ音源録って本人の希望に合わせるのが良さそうですね。

【朝霞恋日記】 詞・曲/YAMATO
(一)
二人初めて手と手繋いだ 桜に染まる川沿いの道
頬を赤らめ恥ずかしそうな 君が何だかいじらしかったよ
君の笑顔の裏に滲んだ 隠しきれない涙の痕
できることなら消し去りたくて 僕は戯けてばかりいたね

この街で君と出逢い この街で恋を見つけた
小さな幸せの種をまき 優しく優しく温めて
いつしか幸せの花咲かせ 二人暮らして行こうこの街で

(ニ)
時間も忘れて笑い転げた 木漏れ日揺れるけやき並木
瞳きらきら輝かせてた 君がとっても愛おしかったよ
街を見下ろす丘の上から 夕陽の向こう明日を探して
肩を寄せ合い口ずさんでた 僕が贈ったあのラブソング

この街で君を愛し この街で夢を描いた
小さな幸せの足跡が いくつもいくつも重なって
いつしか幸せの道となる 二人歩いて行こうこの街で

若い二人が糸で結ばれ 辿り着いた朝霞の街で
あの日芽生えた恋の始まり 永遠に誓った愛の約束

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【佐渡望郷讃歌】もうすぐ完成です!

佐渡相川出身で、
普段は民謡をされている菊地幹夫さんからの依頼で制作中のCD【佐渡望郷讃歌】。
ご本人の歌入れは少し前に終わりましたが、
ご自分が故郷を思い作詞された歌詞に、
演歌の曲を付けて欲しいとのリクエストで作曲しました。
歌に合うように歌詞も少し修正しながら、
自分の中では、目一杯演歌調にしたつもりだったんですが、
最初デモ音源を送った時には、
普段歌っている歌とは感覚が違ったからだと思いますが、
歌い切る自信がなかったようで
「もっと思い切り泥臭い感じにできないかな…」と。
作曲って一旦メロディーが決まると、
細かい所は変えれても、同じ人間が作る以上、
歌詞のイメージから最初に浮かんだ大筋のメロディーを完全に拭い去って
別の曲調にするって、
浮かぶ場合もありますが、経験上結構大変なんですよね…。
多分、最初に浮かんだものが良いんだと思います。
歌詞なんかの場合も、違うかな…?と思って、あれやこれや考えた末、
結局最初のものが良かったりすることも往々にしてありますね。
なので、
「幹夫さんが歌っても自分の中では全く違和感はないし、
思いっきり泥臭い曲調よりも、幹夫さんの歌い方一つでいくらでも味が出ると思うので、
少し若い世代の感覚を取り込んだ曲調にしたものを歌うのも良いと思いますよ」
と説得しているうちに、
ご本人もその気になってくれて、
聴き込んでいるうちに曲も馴染んで来たのか
「ここの節が気に入っている」と言ってくれるようになりました。
自分がデモ音源で歌ったのとは全く違う、
民謡のこぶしが入った十分泥臭いド演歌になったと思います。
同郷と言うこともありますが、
色々ある佐渡をテーマに取ってつけたようなご当地ソングよりも、
ご本人の等身大の実体験、思いから生まれている歌詞なので、何だか感動しますね。
最後残っているギター、尺八を入れて、音源が完全にできたら発注かけます。
7月末頃にできるかな?と思います。

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