【朱鷺色の島~ふたたび~】

デビュー記念ライブが終わってから、
佐渡や新潟への移動の間に詞を考え、
自宅に帰って作曲といった感じで創作活動を進めてます。
デビュー記念ライブ後、3曲完成しました。

トキの放鳥も話題になっているので、
以前から色んな人からトキをテーマに曲を作って欲しいと言われていたのですが、
天邪鬼な面を持っている俺は、
アマチュアの方でも色んな方が曲を作っていることを耳にしたりしてるし、
トキ放鳥が話題だからとそれに便乗して作りたくないと思っていたのであえて作らないでいました。
最近特に、トキの歌をYAMATOがどう表現するかを聴きたいという熱い声を頂くようになり、
自分の中でもある程度踏ん切りがついたので創作に乗り出すことにしました。

そして、曲が完成したので、
佐渡に関係する人達が様々な情報交換の場として運営されている”ばうむ”で歌詞を発表したのですが、、
間もなく行方不明になっていたトキのNo.15”みかん”が死んだというニュースが大々的に流れました。
実は行方不明になっているということも歌が出来上がった直後に知り、
見つかることを願っていたのですが、
忘年会先の箱根で死んでしまったというニュースを知りました。
トキの歌を作ったばかりだったのでニュースは正直ショックでしたが、
”みかん”に捧げる曲になった気がしてなりません。
自然で生き抜くことの厳しさを目の当たりにした思いです。

ということで、歌詞だけご紹介します。
「~ふたたび~」という言葉には、
かつてトキを絶滅させてしまった我々の反省と、
これからトキの自然復帰が成功するようにとの祈りの両方の思いが混在することで強調しました。

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【朱鷺色の島~ふたたび~】

詞/曲 YAMATO 2008

1:朝焼け眩い故郷の空に
力の限りに羽ばたいた朱鷺よ
溢れる希望を描くかのように
その翼は朝陽を浴び黄金に光る

ああ故郷の空よ
朱鷺色に染まれ
島人の心一つに
朱鷺色の島 ふたたび

2:夕映え彩る故郷の空を
命の限りに翔け渡る朱鷺よ
流れる血潮を奮わせるように
その翼は夕陽を浴び真赤に燃ゆる

ああ故郷の空よ
朱鷺色に染まれ
島人の心一つに
朱鷺色の島 ふたたび

ああ故郷の空よ
朱鷺色に染まれ
島人の心一つに
朱鷺色の島 ふたたび

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この歌詞の大体の流れができた頃、
朱鷺の保護活動に生涯を捧げた佐藤春雄先生の書かれた新聞記事を呼んで、
良かった!と思いました。
と言うのも、
2番で夕陽を受ける朱鷺をイメージした歌詞にしていたので、
佐藤春雄先生が、
「私は夕焼けを背景に空を舞う一羽のトキの優雅な美しさに心打たれました」
と書かれている部分があり、
偶然にも佐藤春雄先生がトキの保護運動を始められる原点となった部分に触れていたからです。
唄い込んだら近々ライブで発表します。

忘年会シーズン到来!

先週末から新潟~箱根の忘年会でした。

まずは12日、友人がやっている小木ダイビングセンターの忘年会。
去年に続き呼んでもらい唄ってきました。
その夜は毎年のことですが、結局寝たのは深夜3時半過ぎ。
それでも翌日は、万代シティでのイベントを控えていたのでなるべくセーブしました。(笑)

翌13日のイベントは、午後3時半~の出演時間だったので、
午後1時半頃会場の万代シティ広場2Fに到着。
本来は雨の予報だったらしいのですが、昼過ぎまでは太陽が出ていい感じ。
実はこの日、何と俺の小学校の時の恩師が3人も来てくれることになっていました。
小6の時にギターを始めるきっかけになったM恩師(現小学校校長)と、
すでに退職されていますが小6の時に担任だったI恩師、
そして妹の担任で、家庭科を教えてもらった女性I恩師の3人。
自分のデビューを知り、
皆さん連絡を取り合って情報を流して頂き、何と30年ぶりの再会になりました。
恩師達が集う直前になると雨が降り出し寒くなって来て、
スタッフも「YAMATOさんどうしますか?」という感じでしたが、
ステージにも屋根 はあるし、客席側にはブース用のテントもあるので、
「今日は恩師達が来てくれるのでやりますよ。」ということで待っていると、
3時過ぎ頃から恩師が集まって来 てくれて懐かしい再会を果たすことができました。
挨拶を交わした後、雨の中ステージに立ちました。

ライブ中は横殴りの雨だったり、
少し小降りになったり変化が激しかったのですが、
途中から恩師の皆さんはじめ、
応援に来てくれたマイミクで絵本作家”サトシン”さんや通りがかりの人まで、
傘を差しながらステージ前に並んで聴いてくれていました。
その様子を見ながら唄っている自分が感動してしまいましたし、
本当に感謝でした。

セットリスト:
1:佐渡ヶ島
2:命の花
3:遥かなる故郷の空よ、海よ
4:月
5:男道

【命の花】を唄いだした頃からサトシンさんや恩師を押しのけ、
一番真ん前に来てずっと聴いてくれてる若い女の子がいて、
スタッフ関係者かな?と思っていたのですが
ライブが終わりステージを降りてから俺のところに来てくれて、
「良かったです。感動しました。」と声をかけてくれて慌しく去って行きました。
あの雨の中真剣に聴いてもらい、
唄って良かったとつくづく感じました。

30分あまりのステージを終え、
その後は近くの喫茶店に行って恩師たちと懐かしい一時を持った。
女性I恩師が、
「You Tube」にアップしてある【遥かなる故郷の空よ、海よ】のPVを観て
涙が止まらなかったと聞いていたので、
セットリストに入れたらとても喜んでくれて、
【遥かなる故郷の空よ、海よ】歌を唄っている時に、
通りがかりの人が結構覗き込んで行ってくれたそうです。
「今日のライブは、一生忘れられない思い出になった。」と言ってくれていましたが、
あの雨の中のライブが逆に30年ぶりの再会ライブを感動的なものにしてくれた気がします。
M恩師からも、
「ああいう状況下で唄いきるのだから、プロの心意気を感じたし、
歌もギターもさすがにプロで聴き惚れてました。」とうれしいメールを頂きました。
うれしかったです。

その後、13日夜に一旦帰宅し、
14日お昼から箱根の旅館で行われた太平洋戦争の戦友と
遺族有志で組織された『全国ソロモン会』の忘年会に呼ばれてギターを持って向かいました。
お父さんをソロモン諸島で亡くなれている知り合いのご婦人が会員になっていることがご縁で、
【涙雨】という鎮魂歌とも言える楽曲を提供したことからお付き合いをさせて頂いているわけですが、
今回はじめて核になる会員の皆さんの前で生歌を披露して来ました。

【涙雨】http://jp.youtube.com/watch?v=tfcekRpU9AI&feature=related
【男道】http://jp.youtube.com/watch?v=TgfPQNyGx3A&feature=relatedの2曲を唄ったのですが、
皆さん本当に感動して頂いたようです。
何回かご一緒させて頂いていますが、
【涙雨】を作るきっかけになったドキュメンタリ―番組で、
カメラが追いかけて取材されていたジャーナリストの”笹幸恵”さんも来ていて、
マイクスタンドが無かったので俺のマイクもちをさせてしまいました。
1曲唄い終わるまで持ってるのはこれがかなりきついんですが、
「元体育会系だし頑張って!」ということで…。(笑)
改めて笹さんありがとうございました~!

会員の中にお父さんがソロモン諸島で戦死されている大阪の元会社社長さんがいまして、
余生をソロモン諸島と日本の友好の ためにと、
ご自分の資財でソロモン諸島の教育のために育英基金を立ち上げられた方なのですが、
俺のライブに大変感動して頂いたようで、
是非ご自分が参加している大阪のロータリークラブでライブをしてもら う機会を作りたいと言って頂いた。
でも、皆さん戦争で戦地に赴いた人も、
父親や親族を亡くし遺族となった人も、
時代に翻弄された辛い体験を通しながら平和と言うことを本当によく考えていて、
戦地となったソロモン諸島との友好のために遺骨蒐集の傍ら本当によく尽力されている。
高齢の為、健在者がどんどん少なくなっているようなのですが、
実際戦争を体験している方々の実体験の話も聴きながら、
平和のために実際行動されている姿に考えさせられることが多いですね…。

新潟~箱根、こんな忘年会ライブでした!

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