【命の花】(ピアノ・ヒチリコバージョン)

先日、浦和の【らうんじ サンアイ】というスナックでライブをしましたが、
YAMATO動画撮影担当”美月”さんが、
ピアノ、ヒチリコバージョンの【命の花】を「You Tube」にアップしてくれました。
とっても和のムード溢れる【命の花】になってます。
画面がちょっと薄暗いですが、どうぞ!

【命の花】ライブ動画:ピアノ(永井寛子)・ヒチリコ(光平)
http://jp.youtube.com/watch?v=tjHqiQLHZZg&feature=channel_page

【男道】、いよいよエンディングソングになるか…?

昨日、久々に『大日本プロレス』http://www.bjw.co.jp/に関係のあるK氏から電話がありました。

以前、K氏が【男道】を「大日本プロレス」の関係者に聴かせたところ、
テレビ埼玉で火曜23:30~から放映されている
『大日本プロレス』のエンディングソングにという話になったことがありました。
ただ、自分が佐渡出身ということに興味をもってくれたようで、
できれば佐渡で『大日本プロレス』の興業を実現したいという話にもなり、
その話を進めて欲しいということも依頼されました。
知り合いの佐渡市議に資料を渡したものの、
その後どうなっているのか進捗状況が全くわからないので、
佐渡汽船なり別ルートを考えていたところで久々に電話が来たのでした。

神奈川で放送されているコミュニティFMに『大日本プロレス』の番組があり、
昨年12月に、番組内で俺のCDをかけたいのでCDを送って欲しいということで、
知人がデビューCDの【月】で良いというので送ったのですが、
今回の電話では、【男道】が入ったアルバム『故郷を遠く離れて』が欲しいとのこと。
俺は、佐渡の興業が実現しないとエンディングソングもお蔵入りか…?と思っていたのですが、
どうも今回の電話では佐渡興業の実現とは関係なく、
前もってラジオの番組内で【男道】をオンエアし、
宣伝した上でテレビでのエンディングソングにという流れを考えているとのことでした。
『大日本プロレス』のエンディングソング【男道】、
いよいよ実現が濃厚になって来たのかな?と…。

実際、【男道】は、ライブでは2番を「女道」にして唄うことが多いのですが、
女性にもこの曲のファンの方が結構多くいます。
応援して頂いているご婦人が、
【男道】の入ったアルバム『故郷を遠く離れて』を女性友達にプレゼントしたところ、
こういう音楽が聴きたかったと言ってくれたそうです。
その中でも【男道】が一番好きで、
しかも、「ああ~おとこみち~♪」と唄う「お・と・こ・み・ち」のその5文字に
俺の気持ちの全てが込められていると言ってくれていたそうです。
何ともうれしい話です。

ちなみに、【男道】のエンディングソングが実現したら、
テーマソングという話もあったので、すでに作ってあります。
タイトルは、【涙の勲章】。
歌詞を紹介しておきます。

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【涙の勲章】
詞・曲/YAMATO 2008

1:四角い戦場(リング)に向かい 真っ直ぐ続く一本道を
覚悟を決めた勇者(つわもの)が 命を懸け挑み行く
突き刺す恐怖(おそれ)さえも 噛み締め睨む視線の果てに
男の涙の勲章が 人知れず光り輝く

燃え上がれ魂よ 灼熱の炎となれ
己の弱さを燃やし尽くす 熱き炎となれ!

2:孤独な戦場(リング)に向かい 真っ直ぐ続く一本道を
寡黙なまでの勇者(つわもの)が 誇りを懸け挑み行く
スポットライトが照らす 華やかさの陰に秘めた
男の涙の真実が 人知れず咲き誇る

奮い立て勇気よ 猛る怒涛となれ
己の弱さを砕き散らす 激しき怒涛となれ!

燃え上がれ魂よ 灼熱の滾る炎となれ
己の弱さを燃やし尽くす 熱き熱き炎となれ!

奮い立て勇気よ 猛り逆巻く怒涛となれ
己の弱さを砕き散らす 激しき激しき怒涛となれ!

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と、こんな感じになりました。
CDを送ったときに【涙の勲章】の歌詞も一緒に送ったのですが、
大変好評だったようで、
歌詞が良いので早く歌を聴いてみたいと言ってくれていたそうです。

ちなみに、【男道】のライブ動画です。
http://jp.youtube.com/watch?v=TgfPQNyGx3A&feature=related

知らなかった…、お世話になった方の訃報。

今日、親父の高校の同級生で知り合いの方から久々にメールが届きました。
次のような内容でした。

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Yさんが昨年10月15日亡くなられたことはご存知かと思いますが・・・

この度、”山本真帆”(ペンネーム)さんが望んでいた、
平成11年から続いた「故郷へ」を遺稿集として
一冊の本にまとめて発行することになりました。

山登さんの記事は、
佐渡テレビジョンの意向で佐渡テレビガイドに載せられませんでしたが、
佐渡ジャーナルに記事として掲載されました。
”山本真帆”さんのあなたへの手紙も見つかりましたので、
最後を締めくくる意味もあり、
ぜひ、『故郷へ』と一緒に載せたいと考えています。
ご了承ください。
全頁350ページを超えるようなものとなります。

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まさに寝耳に水でした。
実は、”山本真帆”さんは、親父の高校の女性同級生。
昨年6月、
佐渡で行われた親父の同級会のアトラクションに呼ばれ唄いに行った時に、
佐渡テレビが故郷を離れ活躍している人物を紹介するために発行している
『故郷へ』の取材と執筆をされているとのことで、
俺のことを取材したいと親父に言ってくれたことを親父から聞き、
後日、自分から電話をかけたのがきっかけでした。
確か慶応大学卒を卒業されていると親父から聞いたと思いますが、
とても気品のある女性でした。

昨年7月に新宿の喫茶店でお会いし、
聞き間違えると大変なのでということで録音しながら取材を受けたのですが、
「今まで取材した方の中で一番若いわ~。」とおっしゃってくれたことが蘇ります。
その時に、これまで取材した記事を一冊の本にまとめたいとのお話もされていました。
その後、渋谷のライブにも一度お越し頂き、CDを買って頂きました。
10月号で紹介ということでしたが、
その後、佐渡テレビの予算削減で『故郷へ』の発行継続が難しくなったらしく、
急遽発行が取り止めになり申し訳ないとの連絡がありました。
佐渡テレビの社長からもわざわざお詫びの手紙と粗品が届きました。

でも”山本真帆”さんは、何とか自分のデビューの宣伝にと思って頂いたようで、
原稿は短くなってしまうが、
『佐渡ジャーナル』に記事を掲載してもらえることになったとの連絡を頂きました。
実は、『佐渡ジャーナル』には、
音楽活動を始めたばかりの2004年、
初刊で記事を載せてもらったことがあったのですが、
『佐渡ジャーナル』の10月号に掲載するために
”山本真帆”さんがまとめた原稿が送られて来て、
校正して返送するなどやり取りをしたのが確か9月中頃だったと思います。
返送した原稿を受け取ったという連絡まではやり取りしたのですが、
マメな方なのにその後連絡がないのでおかしいな~と思いながら、
俺もデビュー記念ライブに向けてバタバタし出してそれっきりになっていました。

喪中で年賀状を出さなかったので、
最近、寒中お見舞いの葉書を書いて出したのですが、
住所不明で戻ってきてしまい、
住所がわかりにくくて届かないことがよくあるとは聞いていて、
以前校正した原稿を返送した時も一度住所不明で戻ったことがあり、
ご本人からわかりやすい住所聞いて出しなおしたことがありました。
電話を入れてみようかな?と、
実は、最近気になっていた方だったのです。

亡くなられたのが10月15日ということで、
その日は、丁度佐渡に帰っていて、
前日に朝日新聞の取材、翌日新潟BSNラジオ出演の間の日でした。
亡くなられた直後から俺のデビュー記念ライブが始まったことになりますが、
知らずにライブをしていたことになると思うと何だかとても悔やまれます…。
今思えばライブで唄った【永別の空】は、
”山本真帆”さんの追悼歌でもあった気がします。
【永別の空】の中にある、
”出会ったことに意味があるのならば 早すぎる永別にどんな意味がある…”
の歌詞の一節が過ぎりました。
【永別の空】:http://jp.youtube.com/watch?v=BQwMqm83ups
※居酒屋ライブの動画なのでちょっとうるさいです。

Yさんがどんな人生を辿られたかは詳しくはわかりません。
応援して頂いた方の訃報はとても悲しいことではありますが、
一人の人間の掛け替えの無い人生の最期の1コマに関われたということは、
自分にとっては大変光栄なことだと思えてきます…。

”山本真帆”さんの存命中の念願だった『故郷へ』の遺稿集発行、
ご本人が見届けられなかったことがとても残念ではありますが、
ご遺志が叶い発行に至ることをうれしく思います。

”山本真帆”さんのご冥福を衷心よりお祈り致します。

必聴!【月】の”ヒチリコ”(Bamboo Sax)バージョン

最近、ライブのサポートとして演奏に加わるようになった”光平”さん。
”ヒチリコ”というバンブーササックスの考案者であり、演奏者でもありますが、
先日の浦和のライブでも披露して頂いた
俺のデビューCD【月】のカラオケに合わせた”ヒチリコ”演奏を
「You Tube」にアップしてくれました。

とっても良いムードに仕上がっていますので、是非聴いてみて下さ~い!
http://jp.youtube.com/watch?v=72CJ_SMJmKc

”光平”さんのホームページ :http://bamboosax.client.jp/

明日は、「国際留学生協会」の新年会でライブして来ま~す!

3日間の報告3:木更津【木更津 FM】

昨日25日は、木更津の【木更津 FM】に行き、
【仍世まさこの
MOTHER LAND】という番組に出演して来ました。
佐渡にIターンした後、今は東京に働きに来ている知人の紹介で、
『リトルパンゲア』というNPO法人に参加してることから、
31日に木更津で開催されるNPO法人による【市民活動フェスタ】http://www.netb.co.jp/festa/に出演することになり、
(YAMATO出演 13:10~13:40)
【木更津 FM】への出演交渉もして頂いたわけです。
そして、何と【木更津 FM】の社長は、今仕事が忙しく顔を出されていないのですが、
会費だけは納めて同じ異業種交流会のメンバーになっている『日本総合企画株式会社」の社長。
確か、数年前に年商100億円を越えたと伺ったと思いますが、
貸しビル業をされながら、空きビルの再建などで活躍されている方で、
ダイヤモンド経営者倶楽部に紹介されていました。
http://www.dfc.ne.jp/venture_2006/d_01.html#a

そんなことにご縁も感じながら、
仍世まさこ
さんのMOTHER LANDという番組の名の通り
母親のような温かい雰囲気の中で、
ラジオは、普通ゲストと言っても10分、15分のあっという間の出演が多いので
何か、不完全燃焼感が残るのですが、
1時間という充実感の残る出演になりました。

【月】のギターでの弾き語りと、
【命の花】のCD音源を流して頂きましたが、
ただ、やはり午前中というのと、
極めつけは、連日の不規則な生活で若干鼻風邪をひいてる状態でしたので、
十分な発声はできないまま騙し騙し唄ったものの、
高音部が出切っておらず最悪の状態でした。(笑)

仍世まさこさん、朱鷺の情報に普段から関心を寄せているということで、
番組の中でリクエストがあり、
【朱鷺色の島~ふたたび~】も予定外でさわりだけ唄いましたが、
音源ができたら是非ラジオでかけたいとのことでした。
お陰さまで、これから3ヶ月に1度くらいでも定期的にゲストでの出演要請を頂き、
今後も木更津との親交が深まりそうです。
そうそう、自主制作の15曲入りソロアルバム『故郷を遠く離れて』を
視聴者プレゼントとして3枚置いて来ました。
問い合わせあるかな…?(笑)

帰り際、『AQUA 木更津』の中を廻って歩いたら楽器店があり、
ギターを試奏させてもらったりして、
今度「全国ソロモン会」を通してソロモン諸島へ行く予定なので、
現地でのライブの後、そのままプレゼントとして置いてくるギターを買うことにし
マネージャーさんと話していると、
かつて、自分の住んでる地元戸田のジャスコにあった楽器店にいたことがわかりびっくり。
今度、店内でイベントも企画する予定がるらしく、
接客してくれた若い女性スタッフが担当ということで、
その時には、是非呼びたいと言ってくれていました。
ここでも、思わぬ木更津との縁を深めて帰ってきました。

こんな感じのまた出会い多き感謝の3日間でした!

3日間の報告2:浦和【らうんじ サンアイ】ライブ

さて、翌24日は、15:30~浦和【らうんじ サンアイ】でのライブでした。
新潟から深夜の高速バスで家に帰宅したのが朝6時頃。
浦和でのライブ前に知り合いの集会に呼ばれていたので休む間もなく動き、
都内で昼過ぎに3曲ほど唄ってから浦和に向かいました。

戸田公園で”美月”さんと合流して【サンアイ】に行くことにしていましたが、
途中、土曜ということもあり道路が異常に混んでいて思うように車が動かず、
結局【サンアイ】に着いたのはライブ時刻の15:30頃。
先に、知り合いの女性が教えている「クミフラ」というフラダンス教室のメンバーさんが
先日の発表会の反省会を兼ねて集まっていて、
まだその名残でガヤガヤしている中に
自分のライブを聴きに来てくれたお客さんも混じっている状態で、
急いで準備をして結局30分近く遅れてスタート。

セットリスト:

1:月(ギター・ピアノ)
2:I Love You(ギター・ピアノ)
3:太陽へ向かうハイウェイ(ギター・ピアノ)
4:Happy Birthday(ギター・ピアノ)
5:命の花(ギター・ピアノ・ヒチリコ)
ゲスト”光平”さんのヒチリコ(バンブーサックス)演奏3曲
※1曲は、自分の【月】をカラオケに合わせて演奏してくれました。
6:泰平「改め”らんこ”」(ギター弾き語り)
7:永久に咲く花(ギター弾き語)
8:男道(ギター・ピアノ)
9:それだけで幸せなこと(ギター・ピアノ・ヒチリコ)
※ サポート/ピアノ:永井寛子、ヒチリコ(バンブーサックス):光平
【泰平】という曲は、同郷の”らん”さんのお名前をお借りし、
女性の名前を使うと大変失礼な替え歌になるんですが、
3文字が唄い易いので”らんこ”として唄わせて頂きました。
ご協力ありがとうございました!
夜は、ライブというより【サンアイ】の新年会というかたちになり、
カラオケで唄う程度になりましたが、
カラオケの後、「今CDを売らないと駄目だよ~!」というお客さんの声で、
車までCDを取りに行き、
皆さんほとんど顔見知りの常連さんですが、
皆さんにCDを買って頂き感謝の1日でした。

【サンアイ】のマスターとは、自分が音楽活動を始めて間もない頃、
佐渡出身の方がやっている居酒屋でギターの弾き語りをした時に知り合ったご婦人が、
俺の応援をしてくれるだろうと後日紹介してくれたのがご縁。
その時には、今の【らうんじ サンアイ】というお店はまだやってなく、
開店したのは昨年末。
それから事あるごとに応援して頂いているので、
時々ギターを持っては顔を出して簡単に唄うことは結構ありますが、
ある程度で正式なかたちのライブとしてやるのは今回は初めて。
今回は、お店が狭いこともありシンプルな編成でやりました。

普段、プロダクションやライブハウスなどでは、
アーティストを安売りして価値を下げないようにと
どちらかと言うとスターを演出をされる扱いになるのが普通ですが、
【サンアイ】では、普段ほとんど素の状態でホストのようになりますので(笑)、
またそういうアットホームな交流を楽しみたい方は是非【らうんじ サンアイ】にどうぞ!

3日間の報告1:新潟【いじめ根絶県民運動】

3日間の過密スケジュールを終えやっと一息…。
まずは、23日、
M恩師の紹介で新潟県【いじめ根絶県民運動】のフォーラムに参加して来ました。
会場は350席以上あったようですが満杯で、関心の度合いの高さを感じました。
子供達の直接の声を聞きながら、
また、関係している大人側の考え方なども聞きながら
自分にとってもとても有意義な時間でした。
著名人サポーターのサイン入りメッセージ色紙が会場の後ろに展示されていて、
俺のもしっかりありました。(笑)

個人的には、やはり基本は家庭で、
まずは、自分自身がどれだけ愛され必要とされているかという
存在価値をしっかり認識できるかどうか、
その上で、相手も自分と同じ価値のある存在だということ、
本当の意味での思いやりの気持ちが確立できるのだと思う。

でも、子どもたちに責任のない段階で、
家庭の事情からそういった土台が確立できない子どもたちもいるわけで、
そういう場合は、家庭の次にもっとも身近な存在である
学校での教師の役割はかなり大きくなってくるのだと思う。
とにかく子どもたちにとって、
自分の存在価値を認め受け入れてくれる大人がいるということはとても大切なことで、
子どもの段階で愛された経験の無い人が、
他人を愛するということは本当に難しいことだと思う。

懇親会では、自分がギターを始めるきっかけになったM恩師と親しい教育庁の女性職員と同席になり、
ポスターと同じ写真を使ってデザインした新しい名刺を渡すと
M先生が今年の年賀状に使ってた写真の人だということで大変驚かれ、
自分の教え子がデビューしたので応援してあげて欲しいと書いてあったと教えてくれました。
実は、俺は喪中葉書を出していましたので、
M恩師からの年賀状を受け取ってなかったのですが、
俺の知らないところでそんな応援までして頂いていました。
「M先生とYAMATOさんの関係は、教師としてはとてもうらやましい関係ですよ。
M先生もすごくうれしいはずだから思いっきり甘えて応援してもらったらいいですよ。」
と言ってくれていました。

その他にも、新潟県小中学校PTA連合会の会長さんとも名刺を交換すると、
「実は、YAMATOさんのことは知っていましたよ。」と。
新聞でデビューの記事を読んで貰ったのかな?などとと思いましたが、
思いの外、新潟で自分を知ってくれている方がいるのに驚くと同時に
陰ながら色んな方に応援されているのだな…と改めて感謝の思いが湧いたひと時でした。
でも、新潟の教育関係者の皆さん、
とても熱く、元気がある印象を受けて帰ってきました。

明日から新潟~浦和~木更津です。

今日は、午後から24日の浦和にある【らうんじ サンアイ】のライブに向けて、
当日コラボする予定のバンブーサックス(ヒチリコ)の考案者であり
奏者の”光平”さんを連れて行って来ました。
お世話になっているマスターに紹介し、
その後はお店で演奏する予定の曲や、
コラボする予定の俺の曲のアレンジを考えたりして夜8時頃帰って来ました。
24日の浦和のライブにお越し頂く方、
”光平”さんとのコラボお楽しみに!
”光平”さんのホームページでヒチリコの音色聴けます。
http://bamboosax.client.jp/
全部自分で作っている楽器で後継者を探しているようです。
興味のある方は声かけてくださ~い!

明日から、3日間ちょっとハードスケジュールです。
まず、明日23日は、恩師の紹介でサポーター登録した
新潟県の【いじめ根絶県民運動】のフォーラムに参加するため新潟へ行って来ます。
【いじめ根絶県民運動】
http://www.pref.niigata.lg.jp/kyoikusomu/1194279102163.html
サポーター登録している著名人のメッセージカードです。
YAMATOもあります。
http://www.pref.niigata.lg.jp/gimukyoiku/1217959271260.html

夜の懇親会の後、深夜の高速バスで翌24日早朝帰宅し、
お昼頃知人の集会に呼ばれて15分ほど唄い、
午後~夜は、浦和の【らうんじ サンアイ】でライブです。

●YAMATOライブ in 浦和 1月24日(土)
時  間:第1ステージ 15:30~17:00 第2ステージ 18:00~(懇親会メイン)
場  所:浦和【らうんじ サンアイ】http://www.web-kitaurawa.com/main/sanai/page01.html
チャージ:第1ステージ(¥1,000・ソフトドリンク付き) 第2ステージ(¥5,000・飲食あり)
※ 第1、第2ステージも参加の人も¥5,000です。

参加希望の方、前日までにご連絡くださ~い!

そして、25日は、【木更津 FM】に出演予定です。

●1月25日(日)
YAMATO FMラジオ生出演ライブ
場  所:木更津FM スタジオ
時  間:11:00~ 「仍世まさこのMOTHER LAND」  83,4MHz
http://www.834fm.net/modules/doc/timetable/index.htm

※ 当日は、ギター弾き語り1曲とCDから1曲オンエアして頂きます。
都内、横浜方面でも結構聞ける場所があると思いますので是非聴いてみてくださ~い!

と、ちょっとバタバタする週末です!

目のやり場に困った…。(笑)

今日は、今年最初の異業種交流会だった。
自分が音楽活動を始める前から参加している【八交会】と
その他の交流会2会との合同交流会で、
目黒のホテルプリンセスガーデンに行って来ました。

最初講演があり、
「本田技研工業」で長年勤めホンダフィリピン社長などの経歴をもつ方が、
”本田宗一郎”氏との交流や自分の最後の赴任先だったロシアなどについて語りました。
その後、食事をしながらアトラクションで4人のサンバ娘が出てきて踊りましたが、
これがまた会場が狭く、
ほぼ目の前で踊っていたので目のやり場に困った。
挙句の果てには各テーブルで一番若い人ということで
一緒に躍らされそうになるし…。(笑)
でも、7,8人の男性人は前に出てステップを習いながら一緒に楽しそうに踊ってました。
2次会はパスして帰って来ました。

ということで、18日の【APIA】の最新ライブ動画を”美月”さんが3曲ほど撮って
「You Tube」にアップしてくれました。

【命の花】
http://jp.youtube.com/watch?v=48YOM220ndo&feature=channel
【それだけで幸せななこと】
http://jp.youtube.com/watch?v=4Xsx26xTFbE&feature=channel_page
【朱鷺色の島~ふたたび~】(You Tube初公開)
http://jp.youtube.com/watch?v=0Ocp0xqKG0w&feature=channel

【30年ぶりの再会】に感謝です!

昨年12月、新潟万代シティーのイベントに参加した際に、
30年ぶりに3人の恩師と再会を果たしました。
自分が小6の時の担任だった恩師、
妹の担任で自分は家庭科を習った女性恩師、
そして、自分がギターを始めるきっかけになった恩師の3人でした。
皆さん、小6の時にお世話になりました。

3人の恩師ともそれぞれの立場で自分を応援して頂いていて、
本当に感謝に耐えないわけですが、
今回、ギターを始めるきっかけになた恩師が書いて下さった文書を紹介させて頂きます。
今は新潟の小学校で校長をされていて、
遠くから陰ながらもしっかりと自分の応援をして頂いています。

昨日久々に近況報告を兼ねてメールをさせて頂いたら、
学校便りや校長会の便りで下記の文書を掲載して俺のことを紹介して頂いたとのことでした。
旧知の人から早速CDを欲しいとの問い合わせがあり、
恩師から贈って頂いたとのことで、
その方から毎日の通勤時に車で聴きながら聴き惚れているとの連絡があり、
恩師も嬉しかったとおっしゃっていました。

紹介頂いた文書です。

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【30年ぶりの再会】
校長 森 弘志

先日、新潟の万代シティへ出かけました。目的は一人の歌手と会うためです。彼の出番 は、3時半からということで、余裕を持って車で出かけました。予報は雨でしたが、昼頃まで は薄日が差す穏やかな天候でほっとしていました。しかし、3時ころから急変し、風雨が強く なり、彼の出番のころには横なぐりの雨がたたきつけるようになりました。中止かもしれないと心配しながらも野外ステージに向かいました。そこには30年前と変わらない笑顔の彼がいました。彼は、私が新採用で佐渡の北端の小さな学校に赴任したときの6年生でした。毎日のように私の借家に遊びに来ていて、砂浜で野球をしたり、夏は海に潜ってあわびやサザエをとったり、自転車で遠出をしたりしていました。そのうち、私の持っていたギターに興味を示したので、簡単なコードを教えて弾き語りのまねごとをやるようになっていました。そんな1年を過ごしたのちの六送会で、彼はもう一人の6年生ともに、ステージ発表をしました。曲は、南こうせつの『夢一夜』、へたでしたが、一生懸命で感じるものがありました。
それから30年後、ちょっとしたきっかけで、彼がシンガーソングライターとして活動しており、10月1日にメジャーデビューすることがわかりました。
さっそくメールで連絡を取り合い、CDを購入するとともに、今回の再会となったわけです。
主催者からの中止の申し出を断り、たった6人の聴衆の前で彼は5曲を歌い上げました。あのような状況下で予定通り歌いきる姿勢にプロとしての自覚を感じるとともに、歌やギター演奏もさすがにプロでした。感激の再会となりました。
CDのライナーノーツやプロフィールで、「小学校6年の時に先生からギターを教わったのが音楽の道をめざすきっかけ~」と書いてありました。
嬉しいやら恥ずかしいやら、また、それで良かったのかとの自問もありました。しかし、音楽の道で生きることを決めたのは彼自身、星の数ほどいるプロ志望の中で、メジャーデビューできるのはほんのわずか、その中でヒットに恵まれるのは一人二人という厳しい世界の中で、がんばっている彼をこれからも応援していこうと思います。
「がんばれば、必ず夢は叶う。」
「努力は人を裏切らない。」
「実現できない夢はない。」などなどいろいろな格言がありますが、なかなか夢を持てない状況で自分を信じてがんばっている彼から大きなパワーをもらった気がしました。

===========================================

自分の母校である外海府小学校も中学校も早々と無くなってしまっています。
残っていた校舎も取り壊されて3年くらいになるでしょうか…。
今は、校舎跡地にただ草が茂った状態になっています。
恩師の文章の中にも書いてありますが、
当時の思い出を歌に残そうと作った曲が、
メジャーデビュー決定後最初に作った【追憶の故郷】です。

歌詞を紹介します。

=============================

【追憶の故郷】
詞・曲/YAMATO  2008

1:茜雲を追いかけながら 裸足で駈けずり回った浜辺
遠くで母親の呼ぶ声に 気づけば夕陽は関崎の向こう
風にたなびく夕餉の煙 跳坂の上には瞬く一番星
「じゃあまた明日な!」って手を振って 笑顔で別れた友たちは何処

忘れない無邪気なあの頃を忘れない
誰もがそんな追憶の故郷
胸に抱いて今を生きている
都会の空の下で生きている

2:学校帰り道草しながら あの娘と探した四葉のクローバー
古いアルバムの思い出と 一緒にそっと仕舞ったまま
木造校舎のささやかな校庭 僕らの愛と夢を育ててくれた
空に高らかに響いていた 歌声は時代の流れに消えた

忘れない憂い無きあの頃を忘れない
誰もがそんな追憶の故郷
胸に抱いて今を生きている
都会の空の下で生きている

帰りたい故郷を捨てた訳じゃない
夢追うにはただ小さ過ぎた場所
そうただそれだけなんだ
故郷は今もこの胸の中…

【追憶の故郷】(ライブ動画)
http://jp.youtube.com/watch?v=QuM-RWie9RQ

==============================

何の保証もない、もしかすると夢だけで終わるかも知れない人生の選択に対して、
少なからず影響を与えたことに対する恩師の親心とも言える
「それで良かったのだろうか?」という複雑な気持ちも垣間見えますが、
こうやって陰ながら応援し支えようとして頂いていることに心から感謝でなりません。

20代半ば~30代半ばにかけて、
自分の人生の生き甲斐とは何か?
本当やらないといけないものがあるとすれば何なのか?
小さく凝り固まった人生は送りたくない…。
できれば社会的な貢献度が大きければ大きいほど良い。
遠回りしながら自問自答を繰り返していました。
サラリーマンも経験しながら、
単に安定した収入を得ることだけでは本心が納得いかないことを強く感じました。
自分の納得いく人生を探すことをこのまま諦め、
妥協の人生に入ってしまうのか…、
いっそその方が楽かもしれない。
「でもそれじゃ駄目だ!」という自分の心の叫びがありました。
体裁やら他人の目を気にしていたら踏み切れなかったと思います。
周囲からどういう目で見られようと、
自分の心の叫びにだけ従おうと思いました。
それは、自分だけにしかわからないことです。
第三者からは、現実離れしていると思える夢を語り、
それに向かうということは孤独からのスタートです。
でも、最終的にはその思いに共感し応援してくれる人が出てくるからこそ
夢は実現できるのであり、
一人では絶対不可能です。

幼い頃から佐渡島内でも僻地と言われる
貧しく不便な地域で生まれたことに対する強いコンプレックスと常に向き合っていました。
だからかも知れませんが、
「他人と同じ道は絶対行かないぞ!」という思いが強くありました。

人生かなり遠回りしましたが、
遠回りしたからこそ自分の本当にやりたい納得いく人生の術が
音楽にあったということに気付きました。
今こうして迷いのない目標に向かった人生を送れていることに
大変な充実感を感じていますし、
それだけに、恩師との30年前の出会いに人生の必然性さえも感じています。
別に早急に結果を出すことなど一切ないと思っていますし、
またお金をかけたプロモーションをしない限りは急になんてあり得ないので、
じわじわとで良いのでメジャーデビューから次の段階の結果を出すんだと
新たに誓っている次第です。
それが、応援している皆さんへのまた何よりの恩返しになりますので。

今週金曜日、恩師のご紹介でサポーター登録させて頂いた
新潟の『いじめ根絶県民運動』のフォーラムに参加して来ます。
翌日は、浦和でライブ、翌々日は、木更津FM出演とちょっとバタバタします。

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