連日うれしいことが…。

まず一昨日、ブログにも書いたことがありましたが、
自分がガダルカナル島に行く直前に出演した
渋谷『CROCODILE』のライブをたまたま聴いてくれたことから、
大変自分の音楽に共感いただいている漫画家の”河口仁”さんとお会いしました。
かつて赤塚不二夫さんのアシスタントをされていた方で、
検索するとお名前は結構出てきます。
最近は、プロレス雑誌の中の漫画を描いたりしているようです。
ご本人が書いたこんな年賀葉書が載ってました。
http://www.tashiro3.com/manganenga/2009/japan/kawaguchi.html
実は本をお借りしていてそれを返さないといけなかったんですが、
電話番号を書いた葉書をどこに片付けたかわからなくなり、
手紙を出したところすぐに電話をくれてお会いすることに。
ガダルカナル島の報告をしたり、
最近の自分の動きを報告したりすると大変喜んでくれて盛り上がりました。
”河口仁”さんが最初に自分のライブを聴いてくれた時から、
やはり戦没者の慰霊は自分のアーティストとしての使命だと感じたようなのですが、
また今回話しながら更に強く感じたとのことでした。

その後、
「東京相川会」のアトラクションの時にMCでガダルカナル島に行って来た話をすると、
大叔父さんがガダルカナル島で亡くなられていて
たまたま慰霊に行くことを考えていたと声をかけてくれた
同郷のご婦人”S”さんとお会いすることになっていたんですが、
”河口”仁さんも”S”さんのことを話すと是非お会いしたいということになり、
5時半に大宮駅で待ち合わせ、居酒屋に入って3人で話に花が咲きました。
実は、”S”さんは保育園の園長をされて退職した方で、
”河口仁”さんは、これから絵本を書こうと思っているらしく、
そういうつながりからもお会いしたいと思ったんでしょうね。

”S”さんの実家と自分の実家は車で10分くらいと近いこともあり、
そこにソロモン諸島のご縁が絡み、
自分のことを何とか応援したいと考えてくれていて、また大変感謝のひと時でした。
ご馳走にまでなってしまいありがとうございました!
夏、佐渡でお会いできるでしょうか…?

そして昨夜は、移転後の『APIA』で初ライブでしたが、
いや~、随分キレイに様変わりしてました!
そこでまたうれしい出会いが…。

今月自分はブーゲンビル島に行くこともあり、
今回通常の土、日の昼間のブッキングができず、
初めて夜にブッキングされたんですが、
昨夜の出演者”minoru”君という若いアーティストと一緒に楽屋にいた時に、
いきなり「YAMATOさん、サインをしてもらってもいいですか?」と言うので、
一緒になった記念に”minoru”君自身のCDにでもサインするのかな?と思ったら、
「YAMATOさんのCDを持ってるんです。」と。
今まで一緒になったこともないのに何で?と思いよくよく聞くと、
自分のメジャーデビューにあたって『APIA』発行の「あたふた」に記事を載せてもらった時に、
その文を読んで感銘を受けたとのことでamazonでCDを買ってくれてたようなんです。
彼自身も30歳を過ぎて1年前に音楽の夢を抱いて上京したらしく、
彼の思いと共感してもらえるところがあったんでしょうね…。
そして、まさかそんな背景を『APIA』のスタッフが知っているはずはないのに、
今まで昼の部にしか出演しなかった自分と夜の部にしか出演していない”minoru”君が、
何ともたまたま昨夜、偶然にも一緒にブッキングされこんなうれしい出会いが…。
そして、自分とブッキングになることを前もってわかっていて、
サインをしてもらおうとわざわざ昨夜CDを持って来てくれたんですね。
いや~、本当うれしかったです!
こんな気持ちの良い青年がいるのかということにも本当感動でした!

自分のブログも読んでくれていると言っていたので、
読んでくれていたら”minoru”君ありがとう~!
そして、楽屋で片づけしているうちに自主制作のCDも買って行ってくれたようで、
重ね重ねありがとうございました!
是非是非、今後ともお互い良き交流ができたらいいですね~。
連日、うれしいことが重なりました!

セットリスト
1:佐渡ヶ島
2:涙雨
3:Become A Child Again
4:月
5:追憶の故郷

サポート:masa(ジェンベ)

昨夜は、行くかもしれないと行っていた漫画家”河口仁”さんもライブにお越し頂き、
そして、いつもながら追っかけ1号”美月”さん、2号”埼玉の母”さんありがとうございました!
”masa”さんお疲れ様でした~!

ブーゲンビル島行きが近いぞ~!

俺の活動とシベリアへの慰霊巡拝がテレビ番組に…。

最近、自分の周囲で起こる動きを通して自分はもちろんですが、
自分のライブを聴いて頂いた方からも
音楽を通しての戦没者の慰霊活動と戦争の事実を後世に伝えることは、
YAMATOの使命だと感じたという声を多く頂くようになりました。

また11日からソロモン諸島ブーゲンビル島に慰霊巡拝に行きますが、
これまでにご案内したように4月に行ったガダルカナル慰霊巡拝の模様は、
8月に入ってTBSの「THE NEWS」の中で20分の特番として放送される予定です。
自分の【涙雨】を挿入歌として流してもらう予定ですが、
その番組はあくまでも全体の流れの中で慰霊巡拝に同行した歌手として
慰霊祭などで唄っている様子など要所要所で登場する程度だと思います。

遠回りをしてしまいましたが、
今回のソロモン諸島の慰霊巡拝を通して、
自分の母方の伯父さんがシベリア抑留中に事故で亡くなっていることから、
自分の中でその伯父さんの慰霊にシベリアに行きたいという思いが強くなって来ました。
そういう思いをライブなどでも話すようになって来たんですが、
昨日佐渡のコンサートにも同行してくれましたが、
4月の慰霊巡拝からずっとカメラを回してくれている放送作家H氏から
自分がシベリアに慰霊巡拝に行くようなら
取材してテレビ番組にさせて欲しいという依頼がありました。
実は、これまでも自分のライブの中で、
慰霊活動に関わる曲やMCをずっと収録してくれていたんですが、
自分のシベリアへの慰霊巡拝の気持ちが強くなっていることから
ドキュメンタリー番組にしようと思ってくれたのだと思います。
H氏が調べてくれたようなんですが、
今年のシベリアへの慰霊巡拝は終わってしまったとのことで、
行けるとすると来年になると思いますが、
その方向で情報を収集しながら準備していこうと思っています。

シベリア抑留中に亡くなった母方の伯父さんは次男で、
現在87歳の長男の伯父さんは健在なんですが、
やはりシベリア抑留を経験しています。
その伯父さんが、
亡くなった弟にあたる叔父さんが
シベリアのチタ地区で亡くなっている情報を知っていたので、
最近インターネットで検索したところ『シベリア抑留死亡者リスト』なるものがあり、
チタ地区のところで
『平腰武司』という亡くなった伯父さんの名前がリストに載っているのを発見。
収容所や、亡くなった場所、死亡日などが掲載されていました。
その旨自分の親や母方の実家にも伝えると、
そこまで詳しく知らなかったようでとても驚いている様子でしたが、
来年シベリアへに慰霊に行こうと思っている旨を伝えました。
親も母方の実家も、
最近自分が戦没者の慰霊活動で動き出していることは報告してありましたが、
まさか伯父さんの慰霊にシベリアへ行くことを考えているとは思ってなかったはずなので
驚いたと思います。(笑)

先日母方の実家で話を聞いたときには、
亡くなった伯父さんの写真が1枚しかないと言って見せてもらったのですが、
その後整理したら何枚か出てきたようで、
少し汚れている写真をきれいに現像しなおしたと言っていました。
何よりも今健在の伯父さんが元気なうちに慰霊巡拝を実現したいと思っています。
すでに佐渡でも戦争体験者で元気な方が少なくなってきているようで、
「島の新聞」からも伯父さんの取材をしたいと言われているのですが、
それこそ、シベリアへの慰霊巡拝を取材してもらい全国版のテレビ番組で放映しもらえれば、
健在の伯父さんにとっても喜ばしいことだと思いますし、
何よりも亡くなった伯父さんの本当に良い供養になると思います。
「全国ソロモン会」との出会いが無ければ、
未だ伯父さんの慰霊ということにはまるっきり意識が行ってなかったと思いますが、
ソロモン諸島の慰霊巡拝を体験してみて言えるのは、
64年の時の流れを少しでも埋めるには、
伯父さんがどういう場所で無念にも亡くなったのか
やはり現地に直接赴いての慰霊だと思えてきます。

そう言えば、この前佐渡に帰ったときに、
自分の実家の方を回って写真撮影をしたんですが、
放送作家のH氏も同行してくれて実家付近でカメラを回して撮影してくれました。
母親の実家の所で健在の伯父さんが外にいたので挨拶して簡単に撮影してもらい、
以前日記に書きましたが、
亡くなった伯父さんの靖国神社の額の中の写真が傾いたままの状態になっていたので、
それもカメラに収めてくれていました。

話は変わりますが、
日曜日に久々に中国留学中の日本人学校の教え子で、
自分の影響で音楽活動をしている”羊”君のライブに行って来ました。
忙しい中で着々と新曲も作っているようで、新曲もいい感じでした。
楽曲が彼ならではの世界観を醸し出していてまた進歩を感じました。
ライブ後、”羊”君のお母さんも交えて1時間ほど立ち話をしたんですが、
実は、”羊”君は若いながらも戦争について元々大変関心をもっている青年で、
それも自分が戦没者の慰霊活動に関わったからわかったことでした。
彼との長い付き合いが、
音楽という手段を通して同じベクトルに向かい出したことを感じています。
実は、彼はロシア留学を経験していてロシア語ができるので、
自分がシベリアに慰霊に行くときには同行したいという話にもなり、
仕事では、今ロシア担当から離れてしまったようなんですが、
ロシア留学が、こんなところでつながるとは…。

まだ先にはなりますが、
自分の戦没者の慰霊活動が、
シベリアへの慰霊巡拝と合わせてテレビ番組になるという報告でした。

YAMATOライブとチケット枚数限定イベントのご案内。

さて、7月11日~18日まで、
ソロモン諸島ブーゲンビル島への慰霊巡拝ツアーを控えていますが、
その前にあるライブとチケット枚数限定イベントのご案内です。

まずは、ソロモン諸島出発直前の7月8日、
渋谷にあった【APIA】の移転後初ライブになりますが、
New【APIA FORTY40】にてライブがあります。
今回は、ソロモン諸島行きの日程が絡んだため
いつもの土、日昼間のブッキングができなかったようで、
平日の夜のブッキングになりました。

●7月8日(水)
YAMATO定期ライブ
場  所:New【APIA Forty40】http://apia-net.com/
時  間:19:30~
チャージ:¥1500+1Dr

そして、この夏も次々と佐渡でのライブを中心に予定が入って来ていますが、
特に8月16日、
先日の佐渡でのコンサートにサポートで同行した”HAYATO”さんが主催する
【どり~夢☆フェス vo.3 ~真夏の夜の音楽祭♪~】があります。
これまで”HAYATO”さんが主催してきたイベントの出演者の中で、
お勧めのアーティストばかりを厳選したらしいので聴き応えがあるようですよ~!
俺は、スペシャルゲストという枠で出演させて頂くことになりましたが、
何とこの日の俺のステージのために、
”HAYATO”さんがこの日唄う曲をアレンジしてくれるようですので、
また一味も二味も違ったステージになると思いますのでお楽しみに!
チケット販売枚数が150枚と限定されていますので是非早めの予約をお願いしま~す!
直接メッセージをして頂ければと思います。

【どり~夢☆フェス vo.3 ~真夏の夜の音楽祭♪~】
http://music.geocities.jp/pianokeyhayato/MUSIC/dream3.html

8月のスケジュールは、YAMATOライブ情報にアップしてあります。

佐渡の報告:3

29日は、都内からの応援隊の皆さんを佐渡汽船で見送った後、
今回パーカッションと音響をやてくれていた”田中KAZU”君のお店「TOM TOM」で
ピアノの寛子ちゃんとレコーディング。
メジャーから出すCD以外に自主制作のアルバムは作り続けるつもりでいて、
”田中KAZU”君が、佐渡発のYAMATOのアルバムを作りたいと言ってくれているので、
今回佐渡へ行ったタイミングでピアノを中心にレコーディングを試みました。
本当はアミューズメントの生ピアノがあるところを借りたかったのですが、
今回のタイミングが悪く押さえられなかったので、
持って行ったキーボードを使ってのレコーディングになりました。
もっと簡単に考えていたんですが、
”田中KAZU”君、かなり耳が良いので細かいところまでこだわるのと、
やはりキーボードでは納得いった音が作れないことがわかり、
今回は、お試しレコーディングみたいになりましたが、
寛子ちゃんもかなり勉強になったようなので良かったという感じでした。
今回の経験をベースに、また次回生ピアノでということで夕方6時に終了しました。

その後寛子ちゃんは友達と一晩過ごすということで、
俺は「花の木」に戻りましたが、
その日は、「花の木」も一日休業で女将さんは用があって出かけていたようです。
”HAYATO”君と”光平”さんはずっと「花の木」で留守番をし、
”HAYATO”君は創作活動に没頭、”光平”さんは近所を散歩して歩いたようです。
自分が帰って間もなく女将さんが帰宅して顔を出してくれて、
それから、たこ焼きとコーヒーを用意してくれて色んな話をしました。

自分のライブを初めてしっかり聴いて頂きましたが、
「声や持っている雰囲気が若い人たちには頼れる兄貴的な存在で、
年配の方達にとってもこの人について行っても裏切らないというか、
この人なら何かあっても最後まで面倒を見てくれるという信頼を感じるんでしょうね。
90歳を越える方が二人もいて佐渡に行こうと思ったのは、
YAMATOさんだからで、他の人ならそういう気持ちにならなかったと思いますよ。」
と言ってくれていました。

そして、「全国ソロモン会」との出会いから関わることになった戦没者の慰霊に対しても、
やはり”YAMATO”の使命だと感じたと言ってくれていました。
「YAMATOさんは、霊にも頼られて色々背負いそうだから、
知人がくれた良い塩があるから慰霊地に持って行ったら良いですよ。」と頂きました。
4月にガダルカナル島に行く直前、
たまたま自分のライブを初めて聴いて頂いた漫画家にも、
「YAMATOさんは、戦時中に戦死した若者達にとって兄貴みたいな存在だと思いますよ。
YAMATOさんが、たとえ唄わなくても現地に行くだけで供養になると思いますよ。」
と言われたことと重なりました。

そして、また驚くことがわかりました。
女将さんは名古屋の出身なんですが佐渡に嫁ぎ、
85歳のお母さんを呼んで同居しているらしいのですが、
「全国ソロモン会」のご一行が帰られた後でこういう方々来られていたと話すと、
何とお母さんのお兄さんがガダルカナル島で亡くなっている事実を
初めて聞かされたとのことでした。
85歳のお母さんもコンサートを聴きに行けば良かったと言っていたようです。
実は、今回の「花の木」コンサートは、
自分がガダルカナル島から帰った直後に女将さんが友人を通して依頼してくれたもので、
まさかこんな落ちがあるとは、つくづく不思議な縁が続いているな…と。

そんな話をしながらも”HAYATO”君がシンセで【涙雨】のアレンジを考えていて、
できあがると披露してくれましたが、
完成した【涙雨】を聴いている時に雨が土砂降りになって来て、
開けてあった窓から結構強い風が吹き込んで来て窓を閉めるという一場面も。
何というタイミングかと怪談話でも聞いてる時のように背筋がゾクゾクしました。(笑)
女将さんは先に自宅に帰りましたが、
その後も3人で平和について語り合ったり、音楽談義をしたりで、
結局俺と”HAYATO”君が寝たのは3時半を回ってました。(笑)
佐渡での生活は毎日3時間睡眠でさすがに疲れが出たのか、
夜中は強烈に喉が痛くてかなり咳き込んでしまいました。
俺だけかと思ったら、翌朝は3人とも喉が痛いという症状に見舞われました。
まだ、鼻風邪を引きずっています。

そんな佐渡での4泊5日を過ごし、
帰ると時には皆さん完全な佐渡ファンになっていました。
現実社会に戻りたくないと口々に言いながら日常に戻って行きました。
いや~、本当に充実した日々でした。
この夏も佐渡で結構ライブが入っていますので、
是非ライブ情報と照らし合わせて観光を兼ねて遊びにお越しくださ~い!
以上で今回の佐渡の報告は終了です。

7月11日~18日までは、ブーゲンビル島に行って来ま~す。

佐渡の報告:2

さて、コンサート翌日の28日は、
コンサートに来て頂いた「全国ソロモン会」の方々とサポートメンバーで
親父が借りてくれたマイクロバスで親父も同行して観光巡りをしました。
本当に梅雨なの?と思うほど晴れてくれて観光日和となりました。
■観光コース
1:矢島・経島http://rv9084.blog38.fc2.com/blog-entry-304.html

2:宿根木集落http://www15.ocn.ne.jp/~sadoogi/
『茶房やました』http://placeaqua.cool.ne.jp/sado-saboh.htmで休憩。

3:沢崎http://sdknz610.exblog.jp/8447725/
※自分の【佐渡ヶ島】の「沢崎の岩ゆりを揺らしそよぐ~♪」という歌詞を覚えていた方が、
沢崎に行ってみたいというので行きました。
岩ゆりではなく、カンゾウの花が咲いていました。

4:佐渡太鼓体験交流館(鼓童)http://www.sadotaiken.jp/index_j.html
※コンサートの打ち上げで鼓童の藤本ご夫妻からご招待頂き、行って来ました。

5:七右衛門蕎麦http://www.clio.ne.jp/home/hara73/henshuu054.htm
※自分の同級生の両親がやっている有名な蕎麦屋です。

6:佐渡歴史伝説館http://www3.ocn.ne.jp/~srdk/
※ここでは、館内は見学せず、
ジェンキンスさんに会いたいというリクエストがあり、
直接土産販売コーナーに行ったところご本人がいました。
一部が拉致被害者救済の寄付にもなるというせんべいを販売していたので、
皆さん一緒に記念写真を撮り、せんべいを買って帰ってきました。

7:佐渡金山http://www.sado-kinzan.com/

この時点で午後3時半過ぎ。
全体での観光はここまでで終了。
皆さんはマイクロバスで「花の木」に戻り、
俺とカメラマンのO氏と、ビデオカメラを回してくれる放送作家H氏だけは、
撮影のため俺の車で別行動。
他に2人車に乗れるので希望を募ったところ、
93歳の全国ソロモン会会長と”埼玉の母M”さんが強く希望し決定。
他に行きたかった方ごめんさいでした。
またの機会に!

■撮影コース
1:平根崎http://www.mapple.net/spots/G01500117201/photolist.htm
2:入崎http://www.youtube.com/watch?v=R4GWBh7jPz8
※【遥かなる故郷の空よ、海よ】のPVで、海をバックに岩の上でギターを弾いているところです。
3:関崎http://sekizaki.blog85.fc2.com/?tag=%BA%B4%C5%CF%C5%E7
※撮影はしませんでした。
4:岩谷口跳坂http://www.sadoyume.com/iwayaguchi.htm
5:大ザレ(海府大橋)http://www1.sphere.ne.jp/sado-bus/map/kaifu/index.html
6:大野亀http://homepage2.nifty.com/sado/onokame.htm
7:賽の河原http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/4143/negai/negai.html

以上、これだけの場所で撮影してきました。
途中で、シベリア抑留を経験した叔父さんが丁度外にいたので挨拶して、
先日ブログに書いたシベリアで亡くなった叔父さんの靖国神社の写真が
傾いたまま直されてなかったので放送作家の方がカメラで撮影してくれました。
その後、お袋が牛舎にいたので挨拶して撮影続行。
何と梅雨の時期に関わらず奇跡的に夕陽がきれいだったんですが、
親父も帰りにマイクロバスの運転手と久々に夕陽がきれいだと話していたそうです。
大野亀と赤い夕陽を背景に良い写真が撮れました。
そして、夕陽が出ているうちに最後の場所と賽の河原に移動すると、
水平線近くの空には雲があったらしく夕陽は水平線以前に消えてしまったのですが、
何と代わりに三日月が空に浮かんでくれて、
賽の河原では三日月と撮影ができました。
翌日には曇って夜は雨になりましたので、
本当にすごいタイミングで撮影が出来ました。
これまで、自分の生まれ育った大佐渡方面での写真が無かったので
出来上がりが楽しみです。

佐渡の報告:1。

6月26日~30日まで佐渡に行って来ました。
佐渡での報告をしたいと思います。

まず、26日。
戸田公園で13時にサポートメンバー”永井寛子”ちゃん、”光平”さん、
今回スタッフでお手伝いしてもらう”美月”さんと合流。
その後、新座の”HAYATO”君の実家に向かいましたが、
その途中の川越街道が思いの外渋滞。
余裕綽々で出発したはずがまずいという感じに…。
佐渡出身で【感声アイモ】http://www.npo-aimo.org/というNPO法人を立ち上げ、
発声法で障害の子供達の症状を改善させる活動をしている
代表の”木村紀子”さんと新潟で会う予定もあったので
関越に乗ってからちょっとスピードを出し過ぎ、人生初のスピード違反。
”HAYATO”君と熱く語り合っていて覆面パトに気づきませんでした。
まあ、何とか間に合ったのでよしということで。(笑)

”木村紀子”さんは、金井で行われる能を観に行く予定を兼ねて
新潟でマスコミ回りをされたようで、
たまたまそのタイミングと重なって新潟でちょっと会おうということになりました。
各方面に渡すCDも欲しいということで渡しました。
”木村紀子”さんから自分の楽曲、声とも評価して頂いているようで、
今後歌を通した”感声アイモ”の活動とのタイアップの提案をして頂いています。
今回お会いする前にもデビューCDと
”木村”さんの活動のテーマに合いそうな曲の歌詞を送っておいたのですが、
「いい曲があるね~。」と気に入って頂いたようです。
8月7日には、新潟朱鷺メッセで佐渡にお嫁さんを呼ぶための
マスコミを取り込んだイベントを企画しているようで、
ライブをする時間をもらっています。
そんなこんなで、夜11時頃に無事「花の木」に到着しました。

コンサート当日27日。
これまで一同に会したことのないメンバーが集まったので、
この日は、朝からリハ。
午後2時頃に都内から「全国ソロモン会」関係の方々が10人余り両津に到着するので、
自分は一旦迎えに行くためリハを中止。
残ったサポートメンバーはそれぞれ準備をしていたようです。

午後3時半過ぎに「花の木」に戻り、
開場時間の6時半までリハを再開。
午後からは、音響兼パーカッションの”田中KAZU”君が合流。
実は、出発前夜変な寝方をしてしまったらしく風邪っぽく、
更に車を長時間運転して疲れたこともあるのかこの日は喉の調子が明らかに悪く、
こういう時はとにかくリハで普段以上に声を出すしかないので、
結局本番前のリハでたっぷり4時間以上唄いました。(笑)

本番は、自分の声の調子はあまりよくなかったのですが、
(自分のライブにほとんど毎回来て頂いているおっかけさんにはすぐバレました。)
”HAYATO”君のシンセサイザーが入るのも初の試みで、
結果的に自分の中ではこれまでのライブで一番良かったのでは?と思えました。
途中、鼓童の”藤本容子”さんにも飛び入りで2曲唄って頂いた後、
【竹田の子守唄】を一緒に唄いましたが、
ライブで女性と合わせて唄ったのは初めてでした。
”藤本容子”さん、ありがとうございました!
お客さんは何人入っていたのかわかりませんが、
70人くらいだったという声があったようなのでそのくらいだったのでしょうか。

■第1ステージ

1:少年のように
2:立ち上がれ
3:Become A Child Again
4:命の花
5:太陽へ向かうハイウェイ
6:朱鷺色の島~ふたたび~
7:男道
8:遥かなる故郷の空よ、海よ
9:故郷を遠く離れて

~休憩~

■第2ステージ
1:佐渡ヶ島
2:涙雨
3:木蓮の花咲く頃
4:ソロモン戦友賛歌
~ゲスト:藤本容子さん~
・守っ子
・この子の可愛さ
5:竹田の子守唄(YAMATO・藤本容子)
6:月
7:追憶の故郷
8:それだけで幸せなこと

サポート:永井寛子(ピアノ)、HAYATO(シンセサイザー)、光平(ヒチリコ)
田中KAZU(パーカッション)
スタッフ:美月

夜の打ち上げは、深夜3時過ぎまで。(笑)
”藤本容子”さんのご主人さんであり、
鼓童の大ベテラン”藤本吉利”さんもご参加頂き、
熱く語リ合い、唄い合い、演奏し合いました!
「全国サロモン会」の会長(93歳)、事務局長(87歳)も最後までご一緒頂き、
本当に思い出に残る一夜となりありがとうございました!

新潟からコンサートに来て頂いていた小学校時代の恩師から、
早速感想メールが届きましたのでご紹介します。

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お疲れ様でした。すばらしいステージでしたよ。

言葉が見つからないのですがね。
・ 大人を感動させる内容に終始していたこと。
・ 「竹田の子守唄」 よく知られている曲(だよね。)をそのメンバーでうまく組み合わせたこと。
・ ヒチリコの入り方  あの曲のあの部分で使っている。うん うん。
あの音楽的センス。 参りました。
・ 心に響いてくる曲はたくさんありました。「涙雨」「追憶の故郷」です。
私は生では、2曲とも初めてでしたのでなおさらでした。
・ いまさらながら、アーティストはこんな風にして人を感動させるのだと思いました。
物的準備、心の準備、身体の準備とたいへんだったと思います。
しばらくゆっくりお休みくださいませ。
~追伸~
友人は、「月」「遥かなる故郷の空よ、海よ」「追憶の故郷」いいねっていってました。
「月」はどこかで聞いたことがあるっていっていました。
拍手の手は毎回、友人M子が一番先に用意していましたよ。感動もしていました。
チョーク一本さらしに巻いて 生き抜いてきた人です。
「花の木」はとてもいい宿です。観客もたくさんで本当によかったですね。

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サポートメンバーの皆さん、お疲れ様でした。
翌日の観光でも感動的なことが…。
また追って書きます。

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