また、【涙雨】を通して出会いが….。

昨日は、出会って3年近く自分を応援して頂いているT氏が、
「八重洲技術倶楽部」という様々な分野で発明、開発をされている
博士、学者の方々で組織されている会で事務局を担当されていることから、
毎月1回の会合に呼ばれて唄ってきました。
今回は、会のメンバーの方の高尾にある別荘でした。

実は、この会の世話人的立場の東京知財事務所代表弁理士のM氏は、
偶然にも自分が時々顔を出して懇意にしている浦和の「サンアイ」のマスターが、
中央大学の後輩ということもあり懇意にされていて、
先日、M氏が「サンアイ」に行った時にたまたまマスターが俺の名前を出したようで、
M氏から「今度八重洲技術倶楽部の集まりに来て唄ってくれると言う歌手も
確かYAMATOじゃなかったかな?」という話になり、

マスターが確認の電話をくれてそういうつながりが判明しました。(笑)
そして、俺を応援してくれている事務局担当のT氏も、
M氏に連れられて一度「サンアイ」に遊びに行っている事も判明。
いや~、驚きました!
?
後で、更にえっ、また!というような事実が判明しますが…。

メンバーの核となっている方々の多くは70歳~80歳代で、
これまで、色んな発明、開発をされて来た実績を持つ方々でした。
上は歯医者をされながら色んな医療器具を開発されて来たという
93歳の方でした。
歯科医を目指して勉強している頃の一年後輩の息子が”井上陽水”だそうです。
普段は、都内で集まっているようなんですが、
今回の別荘は、東大でインド哲学を専攻され、その後東工大卒業という経歴を持つ
やはり80歳代でドイツ人とのハーフになるN氏の所有でした。
この方は、日本の仏教会の第一人者の方に師事された経歴も持っているようです。

皆さん、アルコール類や弁当などを持ちよっての宴会で、
気分がよくなった頃に俺が自前のアンプをセッティングしてライブスタート。
1:月、2男道、3涙雨、4それだけで幸せなこと 
と唄いましたが、
最後T氏から個人的に【それだけで幸せなこと】のアンコールがあり、
終わると、「いや~感動した。やっぱりYAMATOの歌はいいよ。
80歳、90歳の人たちが涙して聞いてたよ。」と言ってくれていました。

そして、また驚くことが判明。
何と、世話人M氏は、自分の【涙雨】に涙しながら聞いてくれていたんですが、
ライブが終わるとすぐ自分に声をかけてくれて、
実は、お父さんが、俺が今回慰霊巡拝に行って来たパプアニューギニア方面で戦死されている
戦争遺児だったんです。
?「サンアイ」とのつながりだけでも驚いたんですが、
もっと背後で自分の戦没者慰霊巡拝の活動とつながっていたんです。
何度も俺と涙ながらに握手を交わしながら、
「人前では絶対涙を見せないと思ってやって来たんだけど、
今日は、【涙雨】を聴いて本当にうれしくて泣いてしまったよ。」
そして、戦争遺児としての辛い過去を話されながらも、
何度も俺に「ありがとう!」と言ってくれていました。
【涙雨】という楽曲のもつ力というか、
やはり、世の中に出すべき曲なのだと改めて強く感じました。
中には、ガダルカナル島から生還された方もいて当時のことを熱く語ってくれました。
M氏は、インド哲学を勉強されたN氏には40年来お世話になっているそうで、
すぐ自分を紹介してくれましたが、
N氏から、「今の日本は、あなたのような若者が必要だから本当頑張って!」
とのコメントをもらいました。

何だか、また嘘のよな本当の感動的な出会いの一日となりました。
?
明日は、夕方「全国ソロモン会」の納涼会に出席した後、佐渡に向かいま~す!

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