明日は、【APIA】ライブです!

昨夜は、急遽佐渡の知人から、
トキ情報交流会&懇親会と銘打った集まりがあるからどうかとのご案内があり、
丁度夜空いていたので吉祥寺まで行ってきました。
会場はもちろん「日本海庄や」。

予定より少ない15人くらいの集まりでしたが、
純粋な佐渡出身者は自分を含め3人くらいで、
あとは、親御さんが佐渡出身だったり、
仕事がトキ関連など佐渡に関係していたりという顔ぶれでした。
年明けには佐渡で民家を借りてIターンする人もいました。
面識のある人は一人だけで、初めて会う方ばかりの顔ぶれでした。

普通の都内の飲み会では
この年齢で一升瓶は回らないだろうという感じだったのですが、
しっかり「北雪」の一升瓶が早々と空いてしまいました。(笑)
皆さん、佐渡でかなり鍛えられているようでしたね。
7時半くらいにお店に入り、10時半頃まで3時間くらいゆっくり交流しました。
また、定期的に集まりをもつような感じでしたので、
次回ご都合がつく方がいましたらどうぞ!

さて、明日は目黒にある【APIA】での定期ライブです!
是非ご都合がつきましたらお越しください!

●11月8日(日)
YAMATO定期ライブ
場  所:目黒【APIA Forty40】http://apia-net.com/
時  間:14:00~
チャージ:¥1500+1Dr

シベリア鎮魂慰霊祭

11月3日、東京ヤゴダ会主催のシベリヤ抑留死亡者慰霊祭でした。
初めて千鳥が淵墓苑に行ってきました。
4月、6月にソロモン諸島方面に戦没者の慰霊巡拝に行ってきて、
改めて現地での慰霊ということの重さを感じました。
是非、シベリア抑留で亡くなった自分の伯父の慰霊に現地に行きたいと思ったのがきっかけで、
インターネットで情報を知ろうと検索したところ、
自分の伯父が亡くなったと聞いているチタ州の遺児の会の”長峯”様が運営しているサイトを見つけ、
そのつながりから今回の参加が実現しました。

会場に着くまで野外だということを知らずに行ったのすが、
墓苑の外に椅子が用意されていました。
1日の立川のイベントでは暑いくらいだったのが、
中一日空いた2日は完全に天候が崩れたのに、
また慰霊祭当日、肌寒いとは言え太陽が出ているような好天に恵まれました。
参列者は100人弱だったでしょうか。
PA
などもしっかり用意されていて、自分以外にもいくつかの奉納演技がありました。
シベリヤで亡くなった母方の伯父が直接関わる初めての慰霊祭であり、
伯父が亡くなった地域は遺骨収集が完全に済んでいるらしく、
全てのご遺骨が日本に戻ってきているとのことですので、
伯父の遺骨もこの千鳥が淵に埋葬されていることになります。
終始自分の中では特別な想いが湧いてくるひと時でした。

母親とは16歳くらい歳が離れていることになる伯父ですので、
母親にとっても記憶が全くない伯父になるのですが、
シベリヤ抑留中の木の伐採作業中に足を怪我してしまい、
伐採した大木が倒れてくるのを避けきれずに
下敷きになって亡くなったと聞いているそうです。
どうも伯父が亡くなったという知らせが届いた時に、
母親の母親、自分の祖母がその葉書を見ながら泣いている姿を
幼いながらも見ていて記憶していると言っていました。
亡くなった伯父が出兵する前に写した写真と、
今健在の兄にあたる伯父から母親の実家で見せてもらった
唯一残っている満州で写したと思われる全体写真なのですが、
屈託ない希望溢れる青年そのものの弾けた笑顔で写っている写真が脳裏を離れませんでした。
戦没者何千、何万人とただ数で表すと何とも簡単な感じですが、
でもその一つ一つの命に愛する親兄弟が、奥様が、恋人がいたんだということを思うと、
改めてあの時代がどれだけ数知れぬ悲劇を生んだ時代であったかということを思わざるを得ません。

先日、自分の知人のお父様から手紙を頂きました。
ご兄弟をパプアニューギニアで亡くされているのですが、
今でも戦地に赴いた同級生達のことを思い出すと書いてありました。
ご自身は足が悪く戦地に行きたくとも行けなかったらしいのですが、
戦地に赴く同級生達は意気揚々と
「俺達はお国ために戦地で頑張ってくるから、お前は日本に残ってお国のために頑張れ!」
と言葉を残して行き、多くは帰って来なかったそうです。
その同級生たちの言葉を思い返しながら
自分はお国のために何ができたのかと自問自答をされながらの人生だったそうです。
この手紙で大変胸打たれたのはもちろんですが、
改めて今の世界的にも繁栄し、平和な日本があるのは、
戦地で命を落とされた方々の尊い犠牲はもちろんですが、
日本に残った方々も戦地で犠牲になった方々を思いながら
日本の国のためにと頑張って来られた精神的背景があると思わされました。
今の日本の社会に大きなメッセージを投げかけていると思えるのです。

今回の慰霊祭には、JYMAという青年遺骨集集団の学生が
10人弱お手伝いで参加していましたが、
懇親会で青年達に何故20歳そこそこでこういった活動に参加しているのか
質問を投げかけてみました。
大体が、先輩などから紹介されて知ったということなのですが、
これまでの学校の教育の中だけでは全く知らされてないことを知り、
今の日本があるのはやはりかつての戦没者の犠牲の上にあることに気づかされ、
活動に参加するようになったそうです。
自分が、そういう気持ちになったのにはつい最近です。
それを思うと、立派な青年たちだな~とつくづく感心せざるを得ませんでした。
やはり、これまでの自分も含めてですが、皆知らないだけなんですよね。
でも、情報を発信し続ければ、必ずや心を留め行動に結び付けていく人が出てくるはずで、
どれだけのことが自分にできるかわかりませんが、
その知ろうとするきっかけ作り、導入の部分を歌を通して投げかけていければと思っています。
今回追悼文を読まれたご婦人のお父様が
伯父と同じベルフナリムという地で亡くなられていて交流できたことも収穫でした。
2度現地の慰霊に行かれているとのことでした。

今回、自分を追いかけてドキュメンタリー番組に向けた撮影してくれている
放送作家の”原渕”さんがまた撮影に入ってくれました。
懇親会では「全国ソロモン会」を通して懇意にしていますが、
【涙雨】が生まれるきっかっけになったジャーナリストの”笹幸恵”さんも合流。
懇親会の後、4月のガダルカナル島から始まり、
これまで”原渕”さんに取材して来ていただいている取材ねたをどういう方向に持っていくか、
三人で簡単に打ち合わせて来ました。
某テレビ局で特番の方向での動きもあるそうです。
自分の伯父のシベリアへの慰霊巡拝の模様は、
それとは、別に番組にしたいと考えているとも言っていました。

もう、あと5年もしたら戦争体験者は激減することは事実で、
今、次の世代が受け継ぐべきことを相続する大変重要な局面を迎えていると言えるでしょう。
人間の命の尊厳を抜きに平和は語れないことを思うと、
60年余り経ったとは言え、
戦没者への慰霊、そして遺骨収集という活動自体が大変深い意味を持っていると思えます。

東京ヤゴダ会の長峯氏と事務局長さん。

連日のライブです!

土曜日は、「Miiya Cafe」での定期ライブでした。
久々の、土曜昼間のブッキングでしたが、
今回は、出演者が結構お客さんを呼んでいて、
しかも最後まで残って聴いていてくれた方が多かったようです。
今回は、リハに間に合わなかったので本番一発、
サポート無し、ギター1本マイク取りでやりました。

セットリスト

1:佐渡ヶ島
2:ソロモンの花歌(ライブ初披露)
3:平和の鐘
4:木蓮の花咲く頃
5:月
6:男道

昨日も、追っかけさん勢ぞろいで、
その他にアーティスト仲間の”minoru”君や
【涙雨】のPV制作を頼んでいる”BLUE OKAZAKI”さん、
叔父さんや10年来交流のあるご婦人がお隣の奥様を連れてきてくれていました。
終ってから打ち上げ兼ねて皆さんでお茶をして帰りました。
”BLUE OKAZAKI”
さんとは、
頼んである渋谷オーロラビジョン用のPVの打ち合わせをして大分イメージを詰めてきました。

そして、日曜は昨年4月にも出演しましたが、
昭和記念公園で行われた『楽市』というイベントの中の
「立川まちおん」主催の音楽ステージで唄ってきました。
さすがに前日の「Miiya Cafe」の後の立川なので一人で行くつもりだったのですが、
何とこの日も前日に引き続き追っかけ1号~3号さんまで勢ぞろいで応援に来てくれました。
2号M”さん、”3号S”さんは、自宅の方向が同じなので自分の車で一緒に向かい、
1号美月”さんは電車で来てくれました。
心配した天気も全く問題ない状態でしたが、
11時過ぎに現地に着くと少し曇り気味だったのですが、
スタンバイして俺がステージに上がると同時に急に太陽が出てか~っと暑くなり、
司会の方が、
「急に暑くなって来ましたね。皆さん汗をかいてそのままにしないようにして下さい。」
と話すのを聴きながら、
よっぽど「俺、晴れ男なんです。」と言おうと思ったんですが止めておきました。(笑)
途中で上着を脱いで半袖にならないと暑くてしょうがないくらいでしたが、
暑くて汗だくになりながらそのまま唄い終わりました。

セットリスト

1:月
2:佐渡ヶ島
3:涙雨
4:平和の鐘
5:男道

ライブ後、「立川まちおん」の担当者の方が声をかけに来てくれて、
YAMATOさん、責任者のSさんが、初めてYAMATOさんの歌を聴いたんだけど、
すごいね~と感心していましたよ。
またイベントの時には声かけますのでよろしくお願いします。」
とうれしい声を頂きました。

その後は、”2号M”さんが、
俺の親父が送ってくれたという新米のおにぎりで弁当を作って来てくれていたので、
秋晴れの空の下、4人木陰で遠足気分で頂いて来ました。
ちょっと「楽市」のイベント会場をぶらついた後帰ってきました。
いや~、二日間連続での追っかけ本当にありがとうございました~!

さて、今日は千鳥が淵でのシベリア抑留死亡者慰霊祭に参加し、
奉納演技で【涙雨】を唄って来ます。

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