ブーゲンビル島戦艦大和フォルム発掘の旅:報告:4(最終)

●8月3日(水)
ブイン最後の日。
本来、午前中に山本長官機が撃墜された現場まで行く予定でしたが、
朝、”小川”さんの足の状態が最悪で、
ヨタヨタと歩くのがやっとと言う感じでした。
山本長官機の場所まで、
平坦とは言え、車を降りてから40〜50分は歩かないといけないらしく、
この足の状態では到底無理だと言うことになり、中止することにしました。
でも、村人たちが我々が来ると思って待っているので、
途中まで彼らも来ているという情報が入り、
今後のためにも誠意をもって状況を説明しておいた方が良いだろうということになり、
40分ほどかけて”小川”さんと俺と添乗員の”新垣”さんで村人に会いに向かいました。
彼らにとっても、日本の慰霊団などが訪れると
見学料を徴収して現金が入る良い機会になるのですが、
今回、突然キャンセルし、不愉快に思ってないか心配だったのですが、
”小川”さんの痛々しい包帯姿を見て快く納得してくれ、
次回来たら、必ず見学に行くという約束をして、村人と握手をして別れました。

と言うことで、
宿に帰ってからは、近くのブイン海岸に再度行って、
海岸に設置された旧日本軍の砲台などを見学しました。

・旧日本軍のトーチカ。

・ブイン海岸で海に向かって設置された大砲。

現在「全国ソロモン会」の合同慰霊碑は、
ブカ島のすぐ傍のソハーノ島に移していますが、
旧「全国ソロモン会」の合同慰霊碑も訪れました。
すでに脱魂してしまっているそうです。

「全国ソロモン会」旧合同慰霊碑。

その後は、今回、歓迎協力頂いた観光局に表敬訪問。
フォルム発掘の件は、観光局の方でもは発見できるように協力するとのことでした。
やはり、ブーゲンビル島、ブイン地域は、
やっと治安が安定して、日本の慰霊団が訪れられるようになったので、
くれぐれも安全だということを日本に帰国した後、宣伝して欲しいと言っていました。

・観光局で次長の話を聞いているところ。

午後、お世話になった宿を出発。

その日は、再びアラワまで戻って一泊になりました。

・夕食の後の歓談。

この後、ドライバーの”ディスモンド”にギターの特訓を施しました。
2年前から俺の慰霊祭での歌を聴きながら、
ギターをやりたいと思っていたようで、
今回、俺のギターを買いたいと言って来ました。
じゃあプレゼントするよと言う話になったものの、
ただ、どうしてもパプアニューギニアのポートモレスビーに戻って、
連合国軍の墓地でも慰霊のために歌うシーンを映像に収めないといけなかったので、
すべての行程が終わってから
ポートモレスビーで添乗員の仕事をしている日本人の知り合い経由で本人に渡すことになりました。
もちろん、この時ギターを弾くのは初めてだったのですが、
センスが良いのでびっくりしましたね。
CDもあげたので、【男道】のコードを紙に書き出しての1時間余りの練習でした。

・俺のギターとCDをプレゼントしたドライバー”ディスモンド。

●8月4日(木)
朝、アラワを出発。
また、ここから悪路を車で5,6時間の移動が始まります。

・アラワの宿の前で。

宿を出てから、
アラワ市内でパンクしていた予備タイヤのチューブを換えに整備工場に寄って、
その後、出発して間もなくまたしてもパンク。

まだ、アラワからそれほど離れていなかったので、
あの悪路で、スペアのタイヤ無しでは走れないので、
タイヤを換えた後、すぐに同じ整備工場に戻ってパンクしたタイヤの修理をし、
再度出発しました。

行きのブインに向かう途中、
挨拶だけしに立ち寄った「マビリ教会」に立ち寄り、慰霊祭をしました。

・10年くらい「マビリ教会」で勤務したオーストラリア人のシスターも、
今年で交代して本国に帰国するそうです。

その後は、タイヤのパンクが原因で遅くなりましたが、
またテンブツという村に寄って昼食を摂りました。

・途中で出ていた虹。

・後ろのクリーム色の建物は、革命軍によって破壊された外資系ホテル跡。

・2年前より整備されてきれいになっていたキエタ湾付近。

途中、寄り道しながら無事にブカ島に到着しました。
まだ、時間的に早く、明るかったので、
零戦が沈んでいる海に行くことにしました。
2年前に自分も行ったのですが、
残念ながら船頭がよくなかったせいか、見つけられず空振りしたことがありました。
”小川”さん、俺に潜ろう潜ろうと言っていたのですが、
冗談かと思っていたら、今回最初から潜って零戦の写真を撮影するつもりでいたらしく、
しっかり、使い捨て水中カメラとゴーグルを持って来ていました。(笑)
無事、零戦が見つかり、二人で海に飛び込み、
最初”小川”さんが撮影していましたが、やはり疲れるので途中で俺に交代。
ゴーグルは借りましたが、
佐渡では、4、5時間休みなく平気で潜り続ける俺でも、
やっぱりシュノーケルや足ビレなどがないと、結構疲れて、
残りのフィルムがこんなにあるのかと言うくらい長く感じましたが、
途中で、”小川”さんが空気枕を投げてくれて楽になりました。

・この下に零戦が沈んでます。

・一人で船に上がれる力は残ってました。(笑)

その後は、そのままソハーノ島にある”吉田”さんのお父さんの慰霊碑に向かいました。

・ソハーノ島の子供たちが元気に戯れていました。

・”吉田”さんのお父さんの慰霊碑。

”吉田”さんのお父さんの慰霊を終えると、
再び、ブカ島に戻り、その日の宿に。
最初ブカ島に着いたときに、荷物だけ置いてブインに向かった宿ですが、
もともと、国立大学だった敷地で、
そこに国会議事堂や大統領官邸などがあります。

・食事も、元学生食堂で。

こうして、ブカ島まで無事に戻ってきました。

●8月5日(金)
朝、9:20のフライトでブーゲンビル島を後にして、
パプアニューギニアのポートモレスビーに戻りました。
ポートモレスビーでは、
NHKからも映像を頼まれていた「ボマナ国連軍墓地」に行って
慰霊のために【涙雨】を奉納しました。

・「ボマナ国連軍墓地」

その後は、国立植物園を簡単に見学してその日の宿に向かいました。
宿は、ロロアタと言う小さな島全体が宿になっている『ロロアタ・アイランド・リゾート』。
専用の連絡船に乗って宿に向かいます。
http://www.png-japan.co.jp/guide/hotels/loloataisland.html

島に着いて桟橋を歩いて行くと、野放しになったワラビーたちが迎えてくれました。

・たくさん野放しになっているワラビー。

・夕食前の歓談。

夕食の時には、現地の子供たちが、
伝統的な民族舞踊のショーを見せてくれました。
以前、ガダルカナル島のムンダで見たものは、
ハワイアンンを思わせる歌と踊りでしたが、
ここのものは、また全く違いましたね。

・最後の記念撮影。

こうして、今回の旅の最後の夜が終わりました。

●8月6日(土)
この『ロロアタ・アイランド・リゾート』の女性マネージャーが、
車で、我々の送り迎えをしてくれていたのですが、
「ボマナ連合国軍墓地」で歌うのを聴いてくれていたので、
CDをプレゼントすると大変喜んでくれて、
日本人もよくスキューバーダイビングなどで宿泊するので、
その時にはCDを流してくれると言っていました。

・宿を離れる前に桟橋で記念撮影。

この日、14:20にフライトで、無事日本に帰国しました。
これで、ガダルカナル島、ブーゲンビル島とも2度ずつ訪れたことになり、
自分のギターも、ガダルカナル島、ブーゲンビル島にそれぞれ1本ずつプレゼントしてきました。
なんだか、自分がいなくなった後も、
自分の分身が、それぞれの場所に残っている気がしていいですね。(笑)

ソロモン諸島方面の人々は、
かつて日本軍が戦地にして戦った歴史がありますが、
本当に世界の国々の中でも1,2位を争うような親日的な地域です。
自分もこれまで訪れてみて肌で感じています。
それは、戦時中、旧日本軍が、それまでの白人が彼らに対していた扱いとは違い、
生活に関わる様々なことを教えてあげながら同じ人間として対等に接していた背景があるそうです。
だから、我々が、慰霊巡拝や遺骨収容に行っても、
本当に協力的に友好的に温かく接してくれます。
戦後、戦友・遺族の慰霊巡拝団が、
また、友好的に色んな援助をしながら交流して来ていることも大変大きいと思います。
”小川”さん、”吉田”さんと自分は「全国ソロモン会」のメンバーですが、
今回出発前に、戦友である安田会長さんは、会計の”吉田”さんに対して、
「会のお金を10万円くらい使って来なさい」と言ったそうです。
”吉田”さんは「そんなに使えません」と答えたそうですが、
当然、現地で10万円と言えばかなりの金額。
ただ、この会長の言葉の裏には、
現地にお金を落としてあげたいという
戦友の方ならではの現地の皆さんへの心配りがあることを感じました。
かつて、戦地となったことで現地の皆さんに迷惑をかけたという思いもあるでしょうし、
亡くなった戦友たちの遺骨収容や慰霊団を快く迎えてくれていることに対する感謝の思いもあるでしょう。
これまでのこういった長年の積み重ねで、
今日の日本とソロモン諸島方面の友好関係が築かれてきたことを改めて感じています。
自分も”小川”さんも、遺族として直接的に「全国ソロモン会」に関係のある人間ではないのですが、
たまたま、知人”吉田”さんとのご縁があって会員になったものの、
戦友の方々との交流、そして貴重な現地訪問を経験しながら、
多くのことを深く学ばされていることを感じ、改めて感謝しています。

さて、今回の模様は、自分がカメラを回してきましたが、
1時間テープ10本分になりました。
NHKの国際放送の方で、今週中に編集して、
その後、海外向けニュースとしてオンエアするとの連絡がありました。
海外向けなので、日本国内ではすぐに見れませんが、
ウェブサイトの方では見れるようになると思うと言っていましたので、
その時には、またお知らせしま〜す!

長くなりましたが、ブーゲンビル島の旅の報告はこれで終わりです。

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