~平和と命の大切さを考える~YAMATOライブ講演趣旨

昨年11月に取材頂いた「新潟日報」の記事にも、
今後の活動として自分の体験をもとに、
学校に向けたライブ講演をしていきたい旨紹介して頂きました。
資料を揃えたので、
趣旨に賛同いただける学校関係に繋がりのある方々が、
少しずつ動き出してくれようとしている段階です。
是非、趣旨に賛同いただけ、ライブ講演ができる中学校、高校をご紹介頂けましたら幸いです。
資料が必要な場合はお送り致します。
とりあえず、長いですが趣旨をアップします。

◆ ~平和と命の大切さを考える~ YAMATOライブ講演の趣旨 ◆

 4年前に偶然見たテレビでの戦没者遺骨収容のドキュメンタリー番組を通して、これまで自分が特に意識を向けるわけでも無かったかつての戦争の傷跡の深さを痛感し、またその番組の中で、戦友、遺族の皆さんがかつての南方激戦地で慰霊祭をすると、必ずと言って良いほど雨が降ることから、その雨を“涙雨”と呼んでいることに心が突き動かされ、【涙雨】と言う鎮魂歌を作りました。それがきかっけとなり、その【涙雨】と言う歌に感動して頂いた戦友、遺族の皆さんからの強いお誘いで、かつての激戦地への慰霊と遺骨収容の活動が始まりました。この4年間の間に、戦友、遺族の皆さんとの交流、そしてかつての戦地への慰霊巡拝や遺骨収容の活動を通して様々なこと学び、感じさせて頂いて来ました。例えば、戦争遺児の皆さんにとっては、戦没者は血の繋がった親であったり、また兄弟、親戚であったりしますが、戦友の皆さんにとっては、戦没者はあくまでも他人同士であるにも関わらず、戦後70年近く経った今も、皆さん80歳半ば過ぎても体が動く方々は、毎年自腹で多額の旅行費を捻出して慰霊の旅を続けていることや、また、慰霊碑を建てるにあたっても多額のお金を寄付され、戦友の慰霊のためにと、これまで家が建つほどのお金をつぎ込んでこられた方も少なくないことを知りました。戦没者の慰霊に関わっている戦友の皆さんは、一様に生き残った者としての使命だと言い切るその絆の深さにも、今の殺伐とした人間関係の社会で生きる自分にとっては大変な驚きと感動を受けました。自分が知らないところで戦後半世紀以上もの間、こういったことが継続されて来たと言う事実を、音楽で表現するものとして音楽を通して伝えて行かなければならないと思うようになりました。このわずか数年の戦友の皆さんとの交流の中で、現在一番若い方でも85歳位と言う高齢であることを考えた時に、もう5年もすると、更に戦争体験者の数が激減してしまうだろうと言うのが現実であり、今戦争体験者の皆さんと共に過ごさせて頂いているこの貴重な体験を語り継いでいかなければならないと思いますし、また、これまで戦友、遺族の方を中心に行われてきた戦没者の慰霊や遺骨収容などを、未来の平和のためにも途絶えさせず、いかに次の若き世代が受け継いでいくかは、本当に重要な課題であると感じます。

 今、日本は戦後の目覚しい経済的発展と言う栄誉と引き換えに、一方では、先進国の中でもトップクラスの自殺者数を数える不名誉な国にもなってしまいました。その中には、子供たち同士のいじめが原因での自殺も含まれている悲しい現実があります。この世に尊い生を受け、本来、将来に対する夢や希望に満ちていないといけない前途ある子供たちが自ら命を断ってしまうことは、本当に胸が痛む嘆かわしいことです。また、親子、家族間での殺人や、親の子供への一方的な虐待などの悲しいニュースも後を絶たず、何か、人間ひとりひとりが本来持っている尊い命の尊厳は何処へ行ってしまったのだろうかと、首を傾げてしまうことの多い社会になってしまっています。その原因を探っていった時に、一因として行き過ぎた個人主義が背景にある気がしてなりません。昨年の東北大震災を通して改めて“絆”と言う言葉がクローズアップされましたが、他人を思いやる心、公を重んじる自己犠牲の精神、何かそういったものが欠けてしまっている社会が故に、多くの痛ましい事件が起きている要因になっているのではないかと思えますし、また、多くの人々が東北の大震災を通してそういったことに気づかされたのではないかと思います。
 自分が関わっている戦没者の慰霊を通しながら自分なりに学び感じるのは、当然、戦争は決して肯定されるべきものではないし、将来二度とあってはならないものと強く望みますが、戦時中、自身では避けられない時代背景に翻弄されながらも、祖国を憂い、愛する家族を、故郷を守るためにという一心­で、無念なる想いを抱えながらも、勇気を奮い立たせて戦地に赴いた若者たちの純粋な心情は、現代社会に大きなメッセージを投げかけていると思いました。戦争を美化するわけでは全くなく、個人主義が蔓延する現代社会の中にあって、愛する者のために自分を犠牲にできるその精神はやはり尊いものだと感じますし、我々は、戦争で落とした若者たちのその尊い命の犠牲に代えて平和を希求し、自分に対して­­も、他者に対しても命の尊厳を重んじていかなければならないと強く思えてきます。平和とは命の尊厳であり、過去を蔑ろにして真の平和の礎は築けないと思いますし、今我々が当たり前のように享受している平和は、かつての大戦で払われた掛け替えのない尊い犠牲の上に成り立っていると言うことをしっかりと心に捉え、命があまりにも軽んじられているような自殺や犯罪が多い現代社会で、その儚くも尊い犠牲が残してくれた命の重みを、これからの平和な国際社会を築く担い手となっていく子供たちにしっかりと認識して欲しいと願うばかりです。そして、本来ならば我々と同じように夢を描き、前途があったにも関わらず生きたくても生きることのできなかった多くの戦時中の若者たちに代わって、自分の命も他人の命も掛け替えのない命として尊び、子供たちには将来への大きな夢を描いて強く生きていって欲しいと願います。
 これまで、自分が音楽活動を始めてからテーマとして掲げ作って来た“命”、“愛”、“夢”、“故郷”、“家族”などに加え、この数年、戦没者慰霊巡拝などを通して感じて来た“平和”についてのテーマも歌にしていますので、学校講演ライブでは、これらのテーマの曲の中から時間に合わせて曲数、構成を決め、歌の前のMCの中でその楽曲のテーマに沿った内容でメッセージを発信しながら進行させていきたいと思っています。子供たちがこれらのテーマについて、自発的に問題意識をもって考えるきっかけになるような問題提起の場にしたいと考えています。何卒、趣旨をご理解の上、学校講演ライブ実現のためのご協力をお願い致します。

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