今回佐渡で驚いたご縁が判明。

今回佐渡でちょっと驚いたことが。
家紋について興味がある方がいましたら読んでください。
この年齢になってくると、自分のルーツと言うのが気になってくるわけですが、
これまでは特殊な「山登」と言う名前でちょっと調べたりして来ました。
ただ、佐渡でも自分の実家のある20軒余りの集落にだけ
「山登」以外に「船登」、「長登」、「浜登」と
(登)に何か意味がありそうな名前が4種類集中しているので、
多分全国500人くらいいる「山登」の流れとは基本違うと思っています。
お寺の過去帳など調べると何かわかることがあるのかも知れませんが、
すでに住職のいない寺になっているので調べられません。
実は、今回佐渡に帰るまで自分の実家の家紋が墓に彫られていることを
全く気にも留めずにいて気付かなかったのですが、
9月に叔父が亡くなって、
帰省中に叔母から墓に家紋を彫りたいので写真に撮ってもらいたいと連絡があり、
全国五大家紋の一つ「鷹の羽」だとわかりました。
その中の「丸に違い鷹の羽」というものです。
はっきり彫られているのに、 全く気にも留めなかった自分が情けないですね。
ただ、我が家は隣の本家にあたる「山登」の分家になるんですが、
3、4代前にどういう事情があったのかわかりませんが、
我が家の方が長男なのに分家した流れらしいです。
その後、本家の方は2代前に結婚していた家督が亡くなり、
一旦外へ出た弟を家に戻して兄嫁と結婚させて後を継がせたようなんですが、
自分が子供の頃、その家督についた人が佐渡観光のピーク時に欲が出たのか
やっていた民宿を広げたかったようで、
急に自分の実家の土地を返せと言い出し父親とゴタゴタあり、
結局裁判で我が家の方が勝つんですが、
それ以来親戚付き合いはしてない感じです。
以前本家の方の墓の家紋を見たら「丸に蔦の葉」だったので、
てっきり我が家もそうだと思い込んでいたのですが、
今回叔父の墓に彫る家紋の件で全く違う「丸に違い鷹の羽」だとわかりました。
元々本家自体「丸に蔦の葉」なのに
分家したことで「丸に違い鷹の羽」を家紋にしたのか、
それとも長男が分家して出た時に本来の本家の家紋「違い鷹の羽」を持って出て、
本家の方が「蔦の葉」に変えたと考えるべきなのか、疑問が残ります。
それで驚いたことと言うのは、
ご縁があって熊本の復興支援に関わっていて、
復興支援ソングとして2曲作り、
1曲は熊本城、もう1曲は阿蘇に二度行っていることもあり、
阿蘇をテーマにして作った曲なんですが、
この「違い鷹の羽」の家紋に関して知らべてみると、
阿蘇神社の神紋が地元有力一族に下賜された後、
武家を中心に好まれて広がっていったものと書いてありました。
中でも実家の家紋「丸に違い鷹の羽」は、青井阿蘇神社の神紋になるそうです。
7月に阿蘇でライブをして、
地震で大きな被害のあった一の宮阿蘇神社を訪ねお参りして来ましたが、
まさか、そういうことを知らなかったので神紋は気にも留めませんでした。
ネットである方が書いていた阿蘇神社と
「違い鷹の羽」の家紋に因んだ内容が書かれたブログを読んだところ、
阿蘇にある幣立神社の神官さんから、
「阿蘇神社の神紋である違い鷹の羽は、神をあらわします。
違い鷹の羽を囲む丸の一族は、
神の命をうけ天下を統一する一族を意味するそうです。」
と説明を受けたと書いてありました。
佐渡自体が、流人の島であり、
多くの人が歴史上佐渡に移り住んできたのは間違いないことで、
自分が生まれ育った「岩谷口」という集落は、
今回の佐渡の実家付近の写真を見てもらうとわかるように、
最後まで車道がつけられなかったほど
険しい海岸線の断崖絶壁に阻まれた土地にできた集落なので、
集落の「船登」とう家が廻船問屋として財を成し繁栄していた時代背景なども考えると、
自分の実家のあるあたりの集落は 定住地を探して
海から船で移り住んできた人たちが作った集落ではないかと思えたりもします。
我が先祖が「丸に違い鷹の羽」の家紋を全く関係ない立場で家紋にしたのか、
それとも何か阿蘇神社から派生し全国に広がっていった流れの中で
今日に受け継がれてきているのかは明らかではないですが、長くなりましたが、
今回佐渡に帰って知ったちょっと驚いた阿蘇とのご縁でした。

DSC_0972_20171107190544

kamon_01_full

佐渡から帰りました。②

前日の公民館でライブの日は小雨降る中でしたが、
肝心な観光の日の心配された天気も最高の天気に恵まれ、きれいな夕陽まで見れました。

・跳坂(Z坂)から。
23244197_1533801330042737_1918114057506445311_n

・海府大橋から。
23231676_1533801523376051_5808344950124976856_n

U2

・大野亀から二ッ亀を臨む。
U3

・二ッ亀。
U4

・清水寺参道。            ・清水寺。
U6 DSC_1009_20171107125930

DSC_1005_20171107124418

・清水寺の舞台。
U8

・大佐渡スカイラインからの眺望。
U9

・大佐渡スカイラインからの夕陽。
U11

・佐渡金山選鉱場跡。
U12

佐渡から帰りました。①

3日の千鳥ヶ淵墓苑での慰霊祭が終わると、
深夜に6人で佐渡に向かいました。
早朝10時過ぎに実家のある岩谷口集落に到着。
11時頃から集落の収穫文化祭でライブ。
たくさんの方に来て頂き、普段は寂しい限界集落が一時賑わいました。

・岩谷口集落公民館。
23130962_1533344446755092_6625490975458185416_n

23130650_1533344476755089_3566252285335256995_n

23167801_1533344496755087_5593032591513113262_n 23172773_1533344653421738_5880344644790244886_n

・お名前をお借りした”真知子”さん&”久栄”さん。
23376240_1533344546755082_2778818395238036593_n

23231123_1533344613421742_3324264071071769501_n 23132093_1533344700088400_3960742685082178374_n

・昼食交流会。
23319044_1533344750088395_8819647868018565882_n

・同級生とご両親。
23132132_1533428016746735_8913693848534477068_n

WordPress Themes