2月26日は…。

2月26日は、自分にとって縁のある日なんですが、
それだけに毎年この日に思い出すのが、同郷佐渡出身の思想家、革命家で
歴史教科書に出てくる2.26事件で有名な北一輝のこと。
2.26事件を起こした右翼の青年将校に影響を与えたことで右翼の親玉に思われたり、
逆に社会主義思想に接近したこともあり、
『国体論及び純正社会主義』という処女作を書いているように
社会主義思想家とされたりしていますが、
実は右とか左とかどちらかに傾倒した思想ではなく、
当時としてはかなり先進的な視点で世界を見つめていた
天才思想家だったと言う評価の声も多く、
かつての名だたる政治家が北一輝の思想を勉強しているようです。
自身が先導したわけではないんですが、
2.26事件に理論的な指導者として影響を与えたとのことで責任を取らされ、
54歳で銃殺刑という不遇な最期を遂げた、
今日はそんな郷里の先人北一輝に思いを馳せる一日でもありました。

ゆっくりサウナに入って北一輝のことを思い出しながら、
ふと何の関連があるわけではないんですが、何故か自分が信じれる人間像と言うか、
すなわち自分自身がこうありたいと言う人間像でもあるんですが、
そんなことを考えながらいました。
結論として三つにまとまりました。

〈自分が求める人間像〉
①どんな人に対しても態度が変わらない人。
②いつでも底辺に降りていける人。
③一般大衆の動向・多数派(メジャー)に流されることなく、
例え少数派(マイナー)であったとしても自分自身の信念で価値基準を見い出せる人。

そして、いつも自然体でいたいなと。

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♬ 海府の冬(デモ音源)

何だかしばらく歌のお兄さんのように可愛らしく歌う歌が続いていたので(笑)、
やっとスカッと歌った感じです。
と言っても、簡単な宅録なのでこれでもかなり声をセーブしてます。
歌詞の世界観から、演歌を期待した年配の方もいましたが、
う~ん、これは演歌なんでしょうかね?
やっぱりYAMATO節かな?と言うことで。(笑)
今年の佐渡は雪も少なかったようで、
もう春も目前ですが、6,7越しに年作りかけてあった歌詞を書き直し、
年明けに完成させた自分の故郷の厳しい冬がテーマの歌です。

 

♬ 花鳥風月~絆~(デモ音源)

先日のラジオ番組内で、
たつ兄さんから自分の音楽のジャンルが特定できないと言う話が出たばかりですが、
最終的には『魂の歌』と言うことで落ち着いたような…。(笑)
右も左もわからないまま音楽活動を始めたのが2004年で、
それから今の自分の音楽のスタイルを築き上げるまでに、
重要な出来事が二つあったと思います。
まず自分の音楽活動に最初に影響を及ぼしたのが、
2007年暮れに戦没者の遺骨収容のドキュメンタリー番組を観たことで
大変感銘を受け作った『涙雨』がきっかけで、
戦友遺族会からお声かけ頂き
海外戦地での慰霊祭や遺骨収容などを経験させて頂きました。
それまで戦史などに全くと言っていいほど関心の無かった自分にとって
大きな価値観の転換がなされました。
※お陰様で『涙雨』は名曲だとのお声もたくさん頂いています。

その後は、東日本大震災翌年から復興支援活動に関わり出したことで、
これもまた自分の音楽の創作活動に多大な影響を及ぼしたと思いますが、
でも、自分の中では戦没者の慰霊に関わっていたことで、
おそらく命を見つめる部分だと思いますが、
とても共通する部分を感じながら活動をスタートしたのを覚えています。
この二つが、自分の今の音楽活動に大きな影響を及ぼした二本柱だと思いますが、
どちらも自分から意図して足を踏み入れた流れではなく、
ただ何故かそういう流れが自然にできていった感じで、
自分の中で躊躇うこともあったのですが、でももしかして、
それが自分の音楽活動で向かうべき流れなのかも知れないと思うようになり、
とにかくその自然な流れに逆らわずに委ねることにして今日がある感じです。
なので、今作って歌っている歌の多くは、
この二つの出来事が大きく影響しているのは間違いないと思います。
どちらも「命」と言うことが共通のテーマであることは間違いないですし、
戦没者の慰霊活動の中で、
戦友の皆さんの亡き戦友を思う深い絆と言うことも目の当たりにさせて頂きましたが、
「絆」と言うことも、またかたちは違えど共通している部分だと思います。

と言うことで、前置きが長くなりましたが、
この歌曲も前に歌詞だけアップしていましたが、
東北の復興支援活動に通いながら書きかけていた歌詞を
今年に入って仕上げて作ってみました。
東北の復興支援活動に関わってなかったら絶対生まれていない楽曲ですね。

【大島亀山の四季~大島さ来てけらいん】(デモ音源)

先日の気仙沼友好・交流コンサートのセットリストの中で、
各地の四季シリーズとして男女デュエットで歌うように作ってある
【ふるさと気仙沼 四季の歌】を急遽思い立って披露しましたが、
気仙沼大島ヤマヨ水産の小松のおやじさんとのご縁も深く、
もうすぐ気仙沼大島大橋が4月7日に開通予定と言うこともあり、
お祝いの意味も込めて何とか大島の歌を作ろうと思い作ってみました。
元々バラード調で作りながら、
正式にはピアノとバイオリンでアレンジだな…と思いながらギターでデモ音源を録って、
お世話になっている地元の皆さん何人かに送った後、
この曲はアップテンポてもいいかな?と気付き、
後で勝手にカントリー調としましたが、
スリーフィンガーのアップテンポでも録ってみました。
ポータブルレコーダーでの簡単な宅録です。
昨夜の「たつ兄&ゆみ姐」の番組でも
自分の歌はジャンルが特定できないと言われていましたが、
確かにジャンルに囚われず、
歌詞ありきで自然に浮かんでくるメロディーを乗せる感覚で、
激しい曲からしっとり歌うバラードまで、
あえて色んな感じの曲を作るようにはしています。
昨年から続いている各…地のご当地ソング関係の歌も、
普段作って歌う歌とは全く違う感じで作ってますので、
歌う時も、歌のお兄さんのように可愛らしく歌ってます。
大島の風景写真以外に、
ヤマヨの親父さんの船でボランティアメンバーと
大島に渡った懐かしい写真も挟んでます。

【カントリーVer.】

【バラードVer.】

昨夜のラジオ、「You Tube」で聴けます。

早速聴けなかった方のために「You Tube」にアップして頂きました。

⭐たつ兄ゆみ姐通信⭐
昨夜の地震
厚真や札幌近郊の皆さん、
大丈夫だったでしょうか?
まだまだ寒い北海道……
地震や余震も心配ですが、
ブラックアウトは避けてもらいたい‼️と、
願うばかりです
暖房が使えないと大変

さて、昨夜の放送をお聴き逃しの方の為に、
早速、youtubeがアップされました
ゲストには、厚岸初のプロ野球選手、
西武ライオンズ・佐藤龍世を立派に育てた両親佐藤貢・かおり夫妻が出演します
音楽コーナーでは、魂の歌を歌う佐渡島出身
YAMATOさんの渾身の1曲を…。

たつ兄&ゆみ姐

2019年2月21日第16回です。
※お時間の無い方、37分頃から曽我ひとみさんのメッセージ~YAMATOの流れです。

 

今夜21日のラジオ番組で!

さて、今夜のラジオ番組のご案内です。
※「RADIO TXT FM Dramacity 776.fm」でお送りする
毎週木曜夜9時の「たつ兄ゆみ姐のオレがやらなきゃ誰がやる!」
※スマホでアプリ「リスラジ」をインストールすると直ぐに聴けます!

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自分のライブにお越し頂いている方には馴染みの曲になっていると思いますが、
拉致被害者救援応援ソングとして作った『愛しき人よ もう一度』。
https://www.youtube.com/watch?v=XZidAmzlcA8
そもそもこの曲を作るきっかけになったのは、
拉致被害者救援のための北朝鮮向け短波ラジオのパーソナリティをされている
村尾さんとの出会いだったのですが、
本日番組内で同郷佐渡の拉致被害者曽我ひとみさんのメッセージとともに
楽曲をオンエア頂けるとのご連絡を頂きました。
ご存知の通り、曽我ひとみさんはお母さんと一緒に拉致され
お母さんは行方知れずになっていますが、
曽我ひとみさんがお母さんへの思いを綴った記事があります。
自分も拉致問題に意識を持たなければと思い、
同郷の曽我ひとみさんのことをネットで検索している中で見つけて読んだ記事でした。
拉致被害者のご家族の皆さんにも共通することですが、
曽我ひとみさんが、
何故あれだけ諦めずにお母さんへの強い思いを持ち続けているのかが、
わかった気がしました。
貧しい暮らしの中で、
本当に立派なお母さんだったことがよくわかる感動的な内容で、
自分は読みながら号泣してしまいました。
今夜のラジオでも、曽我ひとみさんのメッセージが流れるそうですが、
良かったら記事の方も読んで頂ければ幸いです。
https://www.sankei.com/premi…/…/150913/prm1509130025-n1.html

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あと、以前も書いたことがありますが、
「救う会」の会長をされている飯塚さんは、
やはり拉致被害者田口八重子さんの3人のお兄さんの長男に当たりますが、
3番目のお兄さんの本間勝さんは、
幼少の頃自分と同じ佐渡旧相川町に養子に入った方で、
やはり佐渡とつながりがあり、
現在佐渡の民謡保存会のメンバーにもなっていることから、
時々お会いしてお話させて頂くことがあります。
こういう問題は、他人事ではなく、
自分の家族だったなら…と言う意識を持たないといけないですね…。
ラジを聴ける方は、是非お聴きください!

新曲【大島亀山の四季~大島に来てけらいん~】

先日の気仙沼コンサートで、
四季の歌シリーズのメロディーに合わせて気仙沼の四季を歌った
【ふるさと気仙沼 四季の歌】を初披露して来ました。
男女パートの歌で作ってあり、
出発前日に思い立って書いた歌詞、
女性パートをお願いできるのは一緒に行ったマキさんしかいないので、
でも急過ぎるのでさすがに断られるかな?と思いながら
ダメもとでお願いしたら「私でいいの?」とある意味期待通りのレスポンス!
「いえいえ、むしろあなたしかいません!」と言うことで、
ノリマキと呼ばれるほどノリの良いマキさん、さすがの反応で実現できました。
有り難いことに好評だったようで、
CDが欲しいとか、震災前の気仙沼を思い出して涙したと言う方もいました。
帰ってから、
2年半前気仙沼本吉のはまなすホールのコンサートに来てくれたことがきっかけで、
それ以来我々が気仙沼に行く度にいつも気にかけてくれていて、
昨年もボラ宿若芽の熊谷さんと佐渡のコンサートにまで駆けつけてくれた
大島ヤマヨ水産のおやじさんとのご縁も深く、
恩返しの意味も込めて大島の歌も作らないといけないと思い作ってみました。

初めてヤマヨのおやじさんに船で大島に連れて行ってもらったのが、
確か2年前の2月の寒い時期で、寒風吹きすさぶ中亀山に登ったのがとても印象的でした。
なので、自ずと歌詞は亀山の四季になりました。
【ふるさと気仙沼 四季の歌】もCDにして欲しいと言う声も頂いているので、
合わせてCDにしようかな?と思います。
となると、いよいよ久しく眠っていたヤサグレソングも復活かな?と。
歌詞を書いている時に、地元の人に確認したいことが出て、
すぐ連絡が取れたのが地元の漁火パークのレストラン漁火ごだいさんで、
季節柄のことで相談させてもらい助かりました。
ごだいさん、ありがとうございました!m(_ _)m
と言うことで、歌詞です。

・気仙沼大島
無題

【大島亀山四季の歌〜大島さ来てけらいん~】
詞・曲/YAMATO

(一)
春の大島 亀山登れば
御衣黄桜 ソメイヨシノに 遠く霞むは金華山
夏の大島 亀山歩けば
白い大橋 光る海原 船の曳き波揺らめいて

春には春の花が咲き
夏には夏の鳥が歌う

四季の彩り溢れる 緑の真珠
気仙沼大島さ 来てけらいん

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(ニ)
秋の大島 亀山登れば
燃える唐桑 灯る漁り火 空に瞬く天の川
冬の大島 亀山歩けば
赤い椿と 浮かぶ筏に 白く積もった雪化粧

秋には秋の風が吹き
冬には冬の月が照らす

四季の彩り溢れる 緑の真珠
気仙沼大島さ 来てけらいん

四季の彩り溢れる 緑の真珠
気仙沼大島さ 来てけらいん
我が美しき故郷よ

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今日は還暦祝いに!

一昨夜は、先日気仙沼コンサートに行った時に、
いつも自分のことを気にかけてくれている
気仙沼大島ヤマヨ水産の小松のおやじさんが、
何か自分の活動の広がりになればと紹介してくれた方からのご招待で、
ピアニスト安達朋博さんのコンサートに五反田文化センターに行って、
自分から行くことのない普段とは畑違いの音楽を聴いて来ました。

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そして、今日は今年還暦を迎えた元自衛官中さんの還暦祝いを
浦和の「らうんじサンアイ」でゆる会と兼ねて開催。
昨年の大雪の日に中さんと行った初能登の珍道中の話など交えながら
お祝いのミニライブをして来ました。
中さんとは、現役自衛官だった頃の2012年、
知り合いから東北の震災復興支援に尽力した自衛官を激励するために立ち上げたと言う
「防人を励ます会」の新年会で頼まれて歌った時に、
中さんは自衛隊幹部として招待されていて知り合ったわけですが、
その後、自分が東北の復興支援にか関わるようになり、
中さんとのご縁で復興支援で苦労した自衛官の皆さんに敬意を表して
応援歌を作りますよということで作ったのが【砦となって】でした。
https://youtu.be/D…CjQHeQlIF4
自分も復興支援に関わり出したばかりの頃、
震災直後に自衛官の皆さんが大変な苦労をしたと言う情報を
中さんからメールで頂きながらイメージが膨らんでできた曲です。
もちろん1曲目は【砦となって】から始まり、
中さんが故郷能登に帰ったご縁で、
昨年更に能登や金沢など石川県のご当地ソングも3曲作りましたので、
能登宣伝大使としての活動の応援歌として【能登の四季巡り】なども歌いました。
でも振り返ると、中さんが退官後に最初に務めたのが奥さんの地元御殿場、
その後仕事を変え能登の実家に戻ったわけですが、
今や「居酒屋 庵」が御殿場にオープンしたことでライブに頻繁に通うようになり、
その後は自分の先祖のルーツとして
ずっと気になっていた能登にも昨年4回も通い、歌を作ることになりました。
何だか、中さんとは本当に不思議な濃いご縁があるな…と。
とにかく、これから還暦を境に、
益々猪突猛進で突き進む中さんのご活躍を心より祈っています!

・大黒中様!
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・まずは、応援歌【砦となって】。
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・お名前拝借コーナー。
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・還暦コスプレをさせでご満悦の中さん。
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・倉敷からの知美さん&以前も名前を使って歌ったことがあるじゅんちゃん。
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・皆さんで。
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・今回もお父さんが作った最後のお米、ありがとうございました!
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出会いの連鎖。

先日の気仙沼でも出会いの連鎖と言うか、
出会いの妙味と言うかを肌で感じる気仙沼ツアーでした。
実は、気仙沼最後の夜「食事処塩田」に顔を出したら、
ご夫婦と20代位の娘さんで食事をしていたお客さんがいて、
そのお客さんの帰り際に、
いつものことながらマスターが自分の宣伝を始めてくれて、
ご夫婦の奥さんの方が小さなお子さんの命を守るための
ボランティア団体を立ち上げたばかりとのことで、
ご主人さんを待たせて少しお話しました。
これから何か協力できることがあるといいですね…と言う話をしながら、
そう言えばと、今回CDを買って頂いた方のプレゼント用に
「愛しき人よ もう一度」が入ったオムニバスアルバム持って来ていたので
名刺代わりにお渡しして別れました。
次の日、入るかも知れなかった仙台経由で帰る予定が無くなったので、
午前中ヤマヨおやじさんがまた来てくれて若芽でゆっくりして帰ったわけですが、
メールなどの連絡があるか確認しようと、
途中栃木の上河内PAに寄って車を停めている時にそのご婦人から電話が入り、
「愛しき人よ もう一度」を聴いて大変感動したとの電話で、
歌詞が入っていないので、歌を聴きながら歌詞を書き取ったとのことでした。
その歌を聴いたから話そうと思ってくれてのだと思いますが、
元々4人娘さんがいたそうなのですが、
20年以上前にお一人自死で亡くされているそうで、
名刺代わりに差し上げたCDが、
北朝鮮拉致被害者親子の愛情をテーマにしている歌とは言え、
すごく共感し感動して頂いたようで、ご自身のお気持ちを伝えてくれました。
一昨年にも、初めてコンサートを聴いてくれた方が、
やはり「愛しき人よ もう一度」を聴いたからではないかと思いますが、
自分には胸の内を話せると思ってくれたのか、
20年くらい前に突然原因不明で娘さんを亡くした悲しみを打ち明けてくれたことがあり、
部屋はそのままにしてあるそうで、
そのことから「ONCE AGAIN〜君のいない部屋〜」と言う曲を作りました。

自分の歌を聴いて感動して頂いた方からこう言う声を頂く度に、
流行を追い求める流行り廃りの音楽ではなく、
悲しみや苦しみを体験した方の心の奥底深くにある琴線に触れるような歌を歌って、
癒やしだけでなく、前に向かう力にまでなってもらえるようなことができれば
と言うことを目標に始めたことが間違っていなかったと思えて来ます。
2対8の8を狙う商業音楽は世の中に溢れているわけで、
ただ最大公約数狙いである限り広く浅くになると思っているので、
とにかく2であっても、その2の方にとっては心の深いところで共感、
感動をして頂ける歌を作ること、
そのためには自分が実際にドキュメンタリーで体験したこと、
感じたことを拾い上げて商業的なシーンでは歌にできないテーマを歌にする、
それが自分にしかできない本当の価値あるとことだと思っています。

話が逸れましたが、その電話を頂いて話した後、
再度出発しようと車を動かした所で「埼玉」と出してヒッチハイクしている
東北大学の学生二人がいて乗せることになりました。
彼らとの出会いも、自分が仙台経由で行っていたら出会うことも無かったし、
上河内PAに寄ってあの電話のやり取りをして無かったら出会って無かったかも知れないし、
実は自分の前にも1台止まってくれた車があったようですが、
すでに乗車人数が多く駄目だったそうで、
もしそれに乗れていたら自分の車に乗ることも無かったことを思うと、
本当に人の出会いの連鎖と言うか妙味というか不思議ですね…。

気仙沼報告②

そして、気仙沼から帰る日は、
途中仙台経由の予定が無くなったので、
午前中ボラ宿若芽で熊谷さん、ヤマヨのオヤジさんとゆっくりした後、
仮設店舗以来、新たにお店がオープンしてから初めてですが、
コンサートのスタッフをしてくれていた
小野寺由美さんのお店「小野寺商店」に行って来ました。
ユニクロと並んで、とってもお洒落な町並みの場所にありました!
最近は気仙沼に行く回数が減っているので、
以前は自宅にほぼ常備品として置いて重宝していたはずのフカヒレなど
4、5種類あるレトルトスープが、しばらくの間切れていたのでまとめ買い。
お昼なんかに家にいてチャーハン作った時にあると最高なんですよね…。

・帰る日の朝はこんないい天気に。
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・早速、翌日の「三陸新報」朝刊に記事が掲載されました。
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・「小野寺商店」
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・接客中の由美子さん。
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そして、帰宅途中の栃木の高速PA「上河内」で
埼玉方面と出してヒッチハイクしている東北大医学部の学生2人乗せて埼玉に帰り、
その夜はサンアイのマスターのところに宿泊させることになりました。
一人は16日からアメリカへ短期留学と言うのに、
ぎりぎりまでヒッチハイクの旅をするとのことで、
静岡の三保の松原を目指してるようです。
学生たちと夕食の後サンアイに連れて行き、
4時間ほどサンアイマスターの話を聞いた後0時頃お開きになりました。
翌朝は7時半頃サンアイを出たようで、
メールをすると無事に親切人の車を拾えたようです。
とっても可愛いい学生たちで、
こんな手紙をサンアイに残して行ったようです。

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そう言えば、3年半前の遠野~気仙沼の帰りには、
山口大学のヒッチハイクしている学生を乗せて狭山まで送ったことがりましたね。

 

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