4月入ると遠出が続きます。

15周年に向けたニューアルバム制作にそろそろ取り掛かリますが、
直前、かなりバタバタするので、この動きが落ち着いてからになりますね。

さて、4月3日、
懇意にさせて頂いている画家宮本圭子さんのお母さんが入居されている
老人ホームで歌った後、東北に向かいます!

●4月4〜5日 気仙沼〜大船渡。
※4日14:30〜 大船渡「河原アパート」ライブ
先に女川での活動に参加することにしていたので、
折角なので気仙沼方面にも足を伸ばすことにしました。
何かご要望がありましたら!

●4月6〜7日 女川町(フェニックス救援隊活動)
※6日18:30〜 ニューこのり ボラ活打ち上げライブ

●4月8〜10日 長野

●4月16日 能登志賀町春祭り
※昨年9月に参加して歌った「志賀町長田萬燈祭」の主催者からのお誘いで、
レコーディングが終わったご当地ソングのCDの件や
お披露目ライブなど詳細の打ち合わせをしたいと言う先方の希望もあり、
今のところ行ってくる予定でいます。
9月16日のような大々的な灯りではないですが、山の斜面の富士山は灯すそうです。
2泊3日か3泊4日位かな?と思いますが、
ゴールデンウィークの混雑を避けて、
折角なので自分の車で、
もし能登に行きたいと言う長距離移動が大丈夫な方がいましたらお声かけ下さい。
中さんに代わってお連れします!

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広州日本人学校校歌のフォトスライドショー。

時々ライブでも、リクエストされることがあるんですが、
リクエストがありましたので自分が作詞・作曲した「広州日本人学校校歌」です。
12,3年前、
日本人学校10周年式典で300名余りの児童生徒が歌う校歌を聴けた時は、
感慨深いものがありましたが、今は更に増えて400名になっているようです。
現在の広州日本人学校の写真と、
自分が留学中アルバイトをしていた補習校時代の懐かしい写真で
フォトスライドショーに。
20代前半なので若い。

ピアノ伴奏だとまた全然雰囲気が違うんですけど、
とりあえずギター弾き語りで、歌のお兄さんのように頑張って歌ってみました。

「広州日本人学校校歌」に関して。

20年くらい前に当時の中国「広州日本人学校」の谷口校長先生から
わざわざ送られて来た当時の学校文集。
この後に、10周年式典にご招待頂き参列させて頂きました。
この頃、自分は音楽活動に踏み切ったばかりの頃で、
当時から更に15年くらい前、オリジナル曲などほとんど作ったことも無かった頃に
手探りで作った校歌が、
まさかこんなに客観的な評価を受けるとは思ってもいませんでした。
学校文集の中で戸田先生と言う当時の国語の女性教諭が、
歌詞もメロディーも本当に高く評価してくれていたのがわかる身に余る寄稿文です。
残念ながら10周年で参列した際には、
当時の谷口校長先生と戸田先生はすでに帰国された後で、
谷口校長先生だけが来賓で参列されていてお会いできました。
日本人学校では、校歌の制作者と言うことで、
勝手に年を取った人が来ると思っていたようで、
若かったので先生方にも児童、生徒にも大変驚かれました。
この一件は、始めたばかりで右も左も分からなかった自分の音楽活動に、
大きな励みになったのを思い出します。

・校歌譜面
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・戸田先生の寄稿文。
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今日は「佐渡うめえもん会」へ。

今日は、久々に「目黒庄や408店」で催された
佐渡の郷土料理を食べる会「佐渡うめえもん会」に、
奥さんが行けなくなったので自分を誘いたいとお声かけ頂き行って来ました。
知っている方も多く、歌ってくれと言うリクエストもりましたが、
今回は急遽お誘い頂いての参加で、
全く歌う準備をしてませんでしたので、また機会がありましたら。

・首都圏佐渡連合会前坂田会長挨拶。
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・料理長によるマグロ解体ショー。
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・鬼太鼓
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・佐渡民謡
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・菊地幹夫さん民謡。
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・裕次郎の歌を受け継いで歌っている石原プロ―モーション”金児憲史”さん。
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その後は、少し早めに抜けて元々予定している
次の浦和サンアイでの「ゆる会」も顔を出して来ました。

・還暦を迎えたこの1年は、毎日が誕生日の中さん。
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広州日本人学校校歌。

時々気になって見る中国「広州日本人学校」の様子。
ホームページで校歌のことがアップされていたので。
自分が留学していた1991年当時は、まだ日本人の児童、
生徒が20人足らずの時代で日本語補習校でした。
まだ専任の先生も派遣されていない中、
我々学生アルバイトがメインで教えていたわけですが、
補習校10周年記念に合わせて校歌制作の話が持ち上がり、
趣味でギター弾き語りをしているレベルで、
オリジナル曲もまともに作ったことがなかった自分が、
他にいないからと作ることになりました。
どうしたら校歌っぽくなるかと悩みましたが、
中学生女子からは、校歌っぽくない方が良いとリクエストがあって、
ならばと何とか作った校歌が思いの外好評で、
その後日本人の子供が増えて正式に日本人学校に昇格した時に、
そのまま正式な校歌として残され、自分もすっかり忘れていたんですが、
ある時知人から教えられて知りました。
今や400名規模になって児童、生徒が歌ってくれていることを思うと、
感慨深いものがあります。
校歌が先生や児童、生徒からとても愛されているとの噂が
耳に届いたりすることもありましたが、
かつて学校文集で広州日本人学校の誇りは、
校歌だと書いてくれていた先生もいたくらい大変光栄なことです。
今年度の音楽集会で改めて歌ってくれた模様が、ホームページに紹介されていました。

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もう12、3年前に、広州日本人学校の10周年式典にご招待頂き行って来ましたが、
その時に交流した当時の先生方との約束で、
帰ってから校歌以外に何か卒業の歌をと作った【旅立ちの歌】です。

 

昨夜は「団平」に。

昨夜は、月内で東日本橋のお店を閉店する
「気仙沼釜揚げうどん 団平」に行って来ました。
少し前まで、地元で地鎮祭も終えて、
気仙沼に帰ってお店をオープンするものとばかり思って、
我々も新たな門出を楽しみにしていましたが、
今日の団平さんの話では、行政絡みの問題が浮上して来て、
断念せざるをえない可能性も出て来たとのことでした。
震災前から飲食店をやっていたお店で、地元で再建できた所はまだいないそうです。
その位難しいようです。
こう言う話を聞くと、改めて復興までの道のりは遠いな…と思えてしまいます。
当事者にとって心折れずにそれでも前へ進むのは、
本当に大変なことだな…と、今日改めて感じた団平での一時でした。
何とか良い方向に道が開けるように祈るばかりです。
閉店までもう少し、行ける方は是非足を運ん下さい!

・団平さんの挨拶。
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・皆さん、団平さんの話聞いてます。
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・一夜限りの藤真喜子復活!
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【桜の季節がもうそこに…】デモ音源。

今日は、レコーディングを終えてあった
各地のご当地ソングのミックスの完了した音源の石川県の3曲が届き、
朝から聴き込みをしながら修正箇所のチェックをしていました。
これから音源ができると、
各地域4つか5つのCDジャケットをデザインして、
CDを作っていかないといけないので忙しくなります。
同時に新しいアルバムの制作もしていかないといけなくなるので、
考えたらそれだけで、今年もあっと言う間に終わりそうで、恐ろしい…。

さて、先日3.11に作った【桜の季節がもうそこに…】を、
また宅録で簡単に録ってみました。
もしかしたらバラードをイメージしたかたもいたかも知れませんが、
それもありだとは思いますが、アップテンポにしました。
写真は選んでいる時間が無かったので、適当に使ってます。
出演している皆さん、ご了承下さい。m(__)m

日曜の復興祭主催者から改めて写真が届きました。

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日曜日は、急遽舎人公園の復興祭で歌いました。

日曜日は、舎人公園の 東日本大震災復興に向けたイベントで、
知り合いが主催しているNPOの代表をしていることから、
前日に急遽出演依頼があり歌って来ました。
1回目は神輿の担ぎ手150人で始まったイベントが、
9回目にある今年は1500人まで増えたようです。
午後から雨が心配される天気予報でしたが、とっても良い天気でした。

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・代表の海老澤さん。
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正午から、自分以外に5組の演歌歌手がいましたが、皆2曲ずつ歌って1部は終了。
その後、神輿をバックにすごい人数での記念撮影。

・歌手の皆さんは、最前列を用意してもらいました。
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・海老澤さん、仕切ってます。
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・犠牲者のための黙祷をした後、神輿が公園内を回りました。
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舎人公園の復興祭イベントの後、西新井のお姉様方の呼び出しを受け、
西新井に行って来ました。
音楽活動をする前の20年くらい前から飲食店をしている知り合いがいたりして、
時々近くには行く機会がありましたが、
西新井駅に降り立つのは初めてではなかったかと思います。
皆さんも懇意にしている古今亭駿菊師匠、浜ユウスケさんと
9月8日に佐渡で開催予定の自分の音楽活動15周年特別企画の件も
打ち合わせしたかったので、
実は丁度良かったんです。
もちろん、皆さん特別企画に合わせて佐渡へと盛り上がりました!
楽しみ〜!

・まずはサイゼリアで待ち合わせ。
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・その後は、皆さんの知り合いのお店へ。
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・ママさんと。
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佐渡LIVEの動画④

気付いる方がいるかどうか…?
この前にアップした【赤く燃える冬の三日月】、
最後に吠えているのはタイトルが三日月なので狼の遠吠えのつもりなんです。
さて、久々にラブソングです。【月になれたら】
自分のデビュー曲【月】は、何処で歌っても一番反響があり、
知っている方にとって名曲としての呼び名の高い曲ですが、
コンセプト的に【月】に重なるところがあるので、ある意味応用版ですね。
個人的にはこっちの方が好きなんですけどね…。…
そう言えば、
2,3年前にこの曲に合わせてジャスミンさんがベリーダンス踊りましたね。
美しい踊り見てない方はどうぞ!

普段はピアノとバイオリンアレンジで歌っている曲なので、
ギターの弾き語りは久々かな?と。
丁度、お店の売り上げに貢献するために来てくれたおじ様方のテーブルが
カメラのすぐ近くにあって、終盤酒もいい感じで回っていてガヤガヤしてますが。

さて、これから確定申告提出に行って来ます。
この曲も先日の佐渡で歌った【親父の歌】。
今年84歳になる父親ですが、
今も驚異的な体力で佐渡牛の繁殖を生きがいに頑張っています。
この曲自分の父親のことを歌っていますが、
自分の人生での夢よりも家を継ぐことが、故郷を守ることが最優先だった時代。
そんな故郷を守って来た親父世代の皆さんへの感謝の気持ち込めた、
ある意味讃歌のような曲だと思っています。
リハの音源なので、やっぱりあっちこっち色々ありますが、
途中ピック落として中断した演奏を編集で繋いでます。(笑)
この歌をお父さんへの感謝の気持ちを込めて歌いたいと言う方がいますのでアップします。
先日の佐渡LIVEでも、お店の売り上げ貢献でいた年配男性のグループの中からも、
この曲が入っているCDが欲しいと言われましたが、
残念ながらまだCDになっていません。m(__)m
いざ歌にしたら猪年、猪突猛進の親父は歌になる人でした。(笑)

佐渡LIVEの動画③

月入って時期外れになりましたが、先日の佐渡ライブで初めて披露した【海府の冬】。
自分の原風景、実家のある外海府地域の厳しい冬を歌った曲です。
自分の子供の頃、
小学校で赴任中に3年間ずっと担任をしてくれた女性恩師が来てくれていて、
外海府の冬を思い出したと言ってくれていました。
宅録で簡単に録ったデモ音源はアップしてありましたが、
やっぱり家では控えめにしか声を出せないので、佐渡ライブのリハ音源です。
初披露曲で、この時点ではしっかりギター、ハーモニカが固まっていない状態で、
取り敢えずコードもどっちが良いか試して、
1番、2番で違ってる箇所があります。
この時の佐渡ライブでリハ映像を上げている曲は、全て本番の映像がない曲です。

これも佐渡LIVEで歌った季節外れの曲【赤く燃える冬の三日月】。
最後は、飛び入りサックスにアレンジリクエストしながら楽しそうなリハ映像です。
15年前、右も左もわからないまま、
やったこともないライブハウスのオーディションを受けて始めた音楽活動でしたが、
渋谷にあった頃の老舗ライブハウスAPIAでオーディションを受けた時に、
アンケート用紙にプロ志望かアマチュア志望か〇を付ける欄があり、
プロを目指す決意でオーディションを受けに来たたはずなのに、
プロ志望に〇を付けるのにしばらく躊躇して付けられなかったのを今でも思い出します。
不思議なもので、 アンケート用紙の上でボールペンが止まっているそのシーンが、
何だか今でも瞼に焼き付いています。

音楽業界全くわからない世界の上に、
10年余りギターも全くと言っていいほど触ってなかったので、
色んなタイミングが重なりやるなら今だと、
思いだけで踏み切ったので本当に不安だらけでしたね…。
音楽活動始める前に参加していた異業種交流会のあるメンバーにも、
確かメジャーリリースしてからだと思いますが、
後から「YAMATOさん、プロを目指すって言ってたけど、
正直内心は何言ってるんだと思ってたよ。」と言われたことがありましたね。
その位、当時の自分の演奏のスキルから言って、
正直、今のような姿は誰も想像してなかったと思いますね…。
初期の頃は、本当に今では考えられないくらいの孤独を感じながら、
とにかく他人の目は気にせず自分を信じきる闘いの中で過ごした日々で、
悔しい思いをしたこともあり、
この曲はある寒い冬の夜のライブ帰りのことを思い出しながら作った曲ですね。
個人的にこう言う曲は、前に上げた【海府の冬】も似た感じだと思いますが、
歌ってて自分では一番しっくりくる感じの曲なんですよね…。

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