Newアルバムのレコーディング。

さて、昨日でNewアルバム全15曲の自分のギター、ボーカル全て録り終えました。
中国から帰国して翌日からほぼ1週間、新井さんに頑張ってもらいました。
毎日5、6時間歌いましたが、自分の喉もよくもったな…と。
あとは、ジェンベ、尺八、サックスを残すのみ。
今回のアルバム、自分で言うのもなんですが、本当出来上がりが楽しみ!
時間のない中でしたが、自分でイメージした通りの楽器編成で、
皆さんがそれぞれ素晴らしい仕事をしてくれて、ほんと感謝です。
15曲のうち9曲がフルバンドなんですが、
ヘビメタバンドのギタリスト新井さんが、
落ち着いたらライブハウスでYAMATOのロックライブをやらないかと言うくらい、
結果的にカッコよいアレンジのロックな曲が多くなりました。
アップテンポの曲もありますが、ミドルテンポでのロックな曲は、
演歌世代の方でも全然いけると思います。
自分のライブ、普段年配の支援者が多いことから
結構ゆったりした曲を多く入れるようにしていますが、元々ロックな曲が結構あり、
お客さんの対象を変えてロックコンサートをやろうと思えばやれるんですよね。
今回フルバンドの曲を多くしたことで、余計にそれが際立った感じだと思います。
そして、アコースティックアレンジの曲にはストリングスが入っていたり、
ロックな曲と対象的にしっとり聴かせる曲もかなりいい感じです。
そして、コンサートではコーラスを入れたりしていますが、
今回は、ロックな曲中心になりますが、
初めてアルバムの中で他の人によるコーラスを入れた曲が4,5曲あります。
是非是非ゲットして聴いて頂ければと思います。

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今回急遽コーラスで入ってもらった二期会所属の中山敏余さん。
今、開智中高一貫校の中学校の音楽の先生をしていますが、
10月6日の15周年コンサートで
生徒たちのコーラスでコラボできるように動いてくれています。

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さて、今週末はいよいよ駿菊師匠、浜さんとの佐渡公演です!
本番は9月8日(日)15時〜、両津の「スタジオRay’s」ですが、
今回は、高齢者が多く限界集落になっている
自分の実家のある岩谷口集落の公民館でも、
感謝の意を込めてやらせてもらいます。
佐渡のみなさん、佐渡でお会いしましょう!

岩谷口9月LIVEチラシ_page-0001 ポスター

一昨夜は慰霊祭でした。

昨夜、思いもよらぬ訃報の知らせが届きました。
昨夜は、殺人事件被害者遺族の会「宙の会」主催で行われた、
2001年の歌舞伎町のビル火災で亡くなられた44名の方たちの慰霊祭がありました。
昨年からご縁を頂いている
世田谷一家殺害事件の時に成城署の署長をされていた土田猛さん、
人情の厚い方で現役引退後も殺人事件の遺族に寄り添う活動をされていますが、
その犠牲者の中に佐渡相川出身の当時20歳前半の女性がいて、
その女性のお母さん、お姉さん、当時4歳だった娘さんが今回佐渡、
新潟から出て来られ、
しかもお母さんが自分のことを知っているとのことで、
良かったら参列して最後皆さんがシャボン玉をら飛ばす時に
ハーモニカを吹いてもらえたらとお声かけを頂き参列して来ました。
お会いしたら、何と、もう亡くなられてしまいましたが、
お母さんは自分が生前ご縁があって作った
「佐渡世界遺産の歌」を作詞した市川求さんの従妹にあたる方でビックリでした。
本当にご縁を感じて、お互いに驚くばかりでした。
ただ、悲しい事実が判明して、
市川求さんの弟さんは入間市に住んでいたんですが、
自分と市川求さんの生前の関係に感謝してくれていて、
昨年4月末にやった入間市のコンサートにスタッフ的に参加してくれた後、
翌月5月に亡くなっていたとのことでした。
そう言えば、最近メールが来なくなったので、
どうしてるのかな?と思うことがありました。

振り返ると市川求さんの弟さんとのつながりも、今思えば不思議な感じでした。
音楽活動を始めたばかりの13〜4年前に一度、
市川求さんの弟さんとは知らずに郷里のお仲間の皆さんと
一度カラオケをしたことがありました。
一昨年、市川求さんが亡くなられた後、
たまたま小木ダイビングセンターの高嶋が上京し
「だっちゃ」で会うことになってお店に行くと、
市川求さんが亡くなる少し前に浅草「だっちゃ」を訪ねたらしく、
お兄さんの具合がかなり悪い話をして、
そこに「佐渡世界遺産の歌」があるのを見て、
自分がお店を訪ねたら渡して欲しいと置いて行った名刺があり渡されました。
そして、何と何と、自分が「だっちゃ」にいることを知らないはずなのに、
すごいタイミングでお店に電話がかかって来て、
さやかちゃんが丁度自分がいると繋いでくれて、
電話で「はじめまして」と言うと、
「はじめましてじゃなく10年位前に一度カラオケをしてるんだ」
と言うことで市川求さんの弟さんが誰だかわかり驚きました。
葬儀で自分が作った「佐渡世界遺産の歌」が流れ続け、
自分が送った弔電に涙が止まらなかったと感謝の言葉を伝えて頂き、
これからできる限り応援するとのことで、
何だか市川求さんが替わって弟さんを繋いでくれた感じでした。
そして、何と、寄りによって自分の支援者の多い
佐渡と姉妹都市の入間市に住んでいることがわかり、
早速その年の9月に入間市「アミーゴ」、
昨年4月の「入間市産業文化センター」でのコンサートと
スタッフとしてお手伝い頂いたんでした。
連絡なく出勤してこないので、
会社の人が変に思ってアパートを訪ねたら亡くなっていたそうです。
享年59歳、若すぎますね…。
娘さんの慰霊に来た従姉の方から、
まさかの訃報の知らせを聞くとは思ってもみませんでしたが、
「生前そうしてYAMATOさんと交流があったのは、
本人にとっても良い思い出になったと思います。帰ったら仏前で報告します」
と言ってくれました。
ご冥福を心よりお祈り致します。

昨夜の模様は、NHKとTBSが取材に入っていて、
早速翌朝NHKで流れていました。
放火事件として、今も捜査が続いていらようですが、
毎年、ささやかながら続ける慰霊祭に取材が入ってくれて、
風化させない努力が続いているようです。

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