ブーゲンビル島慰霊巡拝の報告:2

●7月14日
さて、この日からブーゲンビル島での具体的な慰霊祭をおこなって行きました。
まず、前日来た道を1時間余りかけて戻り、
前日立ち寄った”マビリ”という土地にある”マビリ教会”での慰霊祭でした。
この教会は戦時中悲惨な事件があった場所で、
この教会にいたドイツ人の牧師が、日本側からスパイ容疑をかけられ斬首されたというものでした。
スパイというのは、戦時中であれば大変な重罪になるわけですが、
斬首というのは当時最も重い処刑法だったとのことで、
実際、斬首されたのかどうかわかりませんが、
戦後、牧師の慰霊碑に刻まれている”斬首”という言葉を巡り、
日本側から”処刑”に訂正して欲しい旨のやりとりがあったそうです。
そして、現在は”処刑”という文字に訂正されていて、
忌まわしい過去があったにせよ、
処刑されたドイツ人牧師も、この地で亡くなった日本兵も、
共にこの教会で供養しましょうということで、
「全国ソロモン会」や有志団体から寄贈された教会の建物の傍らに、
ドイツ人牧師と日本の慰霊碑が並んでありました。
教会の中には、この”マビリ”の地で亡くなった戦没者の写真の他にも、
希望する遺族が掲げた戦没者の写真がいくつか掛けられていました。

ここでは、約1時間ほどの慰霊祭でしたが、
福岡から来られていたご婦人Tさんのお父さんがマビリの地で亡くなられている為、
追悼文を読まれました。
それぞれがご焼香と献花をした後、
教会のメンバーがギターを持ってきて追悼の歌を披露。
実は、2泊3日のブーゲンビル島の慰霊では、
事務局長が悪路なのでギターが壊れないかということを心配し、
また、行きは車3台で行ったのですが帰りは2台になることもあり、
自分のギターは持って行くのをやめたのですが、
急遽教会の青年のギターを借りて唄って欲しいということになり、
カポもハーモニカも無かったので、
カポ無しで唄える【ソロモン戦友讃歌】を1曲唄いました。
慰霊祭後は、教会で用意してくれた食事を皆でいただき、
暫しの交流をして次の慰霊地に向かいました。

午後は、”キエタ”という地での慰霊祭でしたが、
また”アラワ”方面に戻り、今度は”マビリ”と反対方面に2,30分行ったところでした。
”キエタ”は、「全国ソロモン会」の会長さんが終戦を迎えたところでした。
慰霊碑は、近くに住み出した現地の女性が管理してくれているらしく、
周りに花などがきれいに植えられていました。
近くにはオーストラリア軍の上陸記念碑と
日本の零戦や戦車が野ざらしで一緒に展示されている場所がありましたが、
草が茂っているので草を踏み倒して近くに行くといった感じでした。

その後も更に少し先へ進んで、
今は反政府軍の心配があり行けない”ブイン”方面に向かって、
道路脇のひろばで”ブイン”方面で戦没されている方の慰霊祭を行いました。
このあたりは、やはり反政府軍が動乱を起こす前は、
銅山で繁栄していたんだろうなと思わせる建物跡が残っていたりしていました。
外資系のリゾートホテルの建物も無残な姿で残っていましたが、
動乱前に慰霊に来ていた時にはそのホテルにも宿泊したそうです。
そのあたりの海岸線の景色は本当きれいでした。
”アラワ”の宿への帰り道、
今回体調があまりよくなくドクターストップがかかって来れなかった
お馴染みの遺族の方の変わりにもう一箇所簡単に慰霊祭を行い、
この日は結局計4回の慰霊祭を執り行ったことになりました。

夜中から朝にかけてずっと雨が降っていたので、
慰霊祭中に降られる心配をしていたんですが、
一日晴れてくれて滞りなく慰霊の日程を終え何よりでした。
帰ったその日は、日本で食べたらいくらするんだろう?というようなロブスターが待っていました。
もういい!というくらい食べました。(笑)
この日も、南十字星がきれいに見えていました。
どうも”アラワ”に着いて、
この日からアレルギーが出てきました。
最初腕の内側に少し出て来たんですが、
まさか、あんなに酷くなるとは思ってもみませんでした。

●7月15日
この日のスケジュールのメインは車での移動。
要は、6時間余りかけて”アラワ”まで来た道をもどるわけです。
また夜中から朝方まで雨が降っていましたが、
出発の頃には晴れてくれました。
途中一箇所、”ヌマヌマ”という地にある慰霊碑でも慰霊祭をしました。
こんなところに慰霊碑があるの?というような
人間の背丈以上茂っている草をそのまま車で踏み倒していくと慰霊碑がありました。
そこでも、慰霊に行けない方面に向かって亡くなられた方々の慰霊祭を行いました。

そして、太陽が照って暑いくらいだった天候が、
慰霊祭が終わる頃になると段々雲行きが怪しくなってきて、
車に乗って暫くすると土砂降りの雨になりました。
慰霊祭が済んだ後で良かったとい感じでした。

川の増水が心配されましたが、
車で渡れなくなるまでの影響はなく、
行きで昼食を食べた”テンブツ”村で再度昼食を摂りましたが、
とにかく雨がずっと土砂降りだったので、
あと二つほど残っている川の増水が心配だということになりすぐに出発しました。

車の中で、添乗員のSさんが、
「あそこのオーナー、今日は雨が降ったから1割り増しにしてくれと言って来た。
こっちは、雨が降ったのに行ってやったんだから逆に1割引きだよ。」と呆れてました。(笑)
ちなみに現地のお金で一人20キナ、日本円で約800円なので決して安くはないです。

その後も、増水の心配は問題なく、無事最初に泊まったブカ島の宿に戻りました。
その夜は、前夜の”アラワ”の宿のロブスターに続き、カニでした。
このカニが、またとっても美味かったです。
皆さん、さすがに移動疲れがあり、
この日は皆さん早々と寝たようです。

そして、翌日は、ブーゲンビル島でのメインの慰霊祭、
夜は、ブーゲンビル大統領を招いてのパーティでした。
続きは、また追って。

※ ブーゲンビル島地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?p=Genn&lat=-5.999908&lon=154.999934&lnm=%A5%D6%A1%BC%A5%B2%A5%F3%A5%D3%A5%EB%C5%E7&idx=100&type=scroll&sc=13&v=2&ei=euc-jp:
今回は、ブカ島というところからブーゲンビル島の東側海岸線を走る道路を使って、
”キエタ”までの往復でした。

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