ご冥福をお祈り致します。

昨夜は、とってもミラクルなことがありました。
佐渡で「小木ダイビングセンター」を経営している
自分の同級生友人”高嶋”が仕事で上京していることがわかり、
久々に、
佐渡高校の後輩女将がやっている 佐渡料理のお店浅草【だっちゃ】で会いました。
本当は定休日だったようですが、
”高嶋”が連絡を入れると女将の”さやかちゃん”がお店を開けてくれ、
そこでミラクルがありました。
自分が気仙沼から帰った翌日の一昨日、
3年余り前に自分が作曲をし、
HAYATO君にアレンジしてもらい歌入れしたCD『佐渡世界遺産の歌』を作詞した
地元佐渡相川の”市川求”さんが70歳で亡くなられたという訃報が、
知り合いの同級生の方からありました。
何とか告別式に弔電が間に合ったので弔電を打ちましたが、
その後、知り合いの方から通夜会場で
『佐渡世界遺産の歌』が流れていたという情報も入りました。
”市川求”さんご自身が、
この歌にかなり思い入れがあったんだなと改めて思わされました。
7年間ガンの闘病生活をされていたようですが、
2年半前、 「埼玉会館」で開催した自分の10周年記念コンサートには佐渡から駆けつけて、
ステージの上で佐渡のピーアールをして、
CDを精力的に販売していた姿が思い出されます。
ご自身の書いた詞が、
具体的に歌になってCDになったと言うことがうれしかったのだと思いますが、
自分はほとんど販売してないのに、
あれよあれよと言う間に1000枚売ってしまったパワーには驚かされました。
旧相川町の観光課長をされていたので、 本当に地元愛の強い方でした。
前置きが長くなりましたが、お店の席につくと”さやかちゃん”が、
「YAMATOさん、”市川求”さんが亡くなられたの知ってます?」
と言いながらチーム市川と書かれた”市川求”さんの名刺を渡されたので、
「一昨日、気仙沼から帰ってすぐ、
市川さんの同級生から訃報の連絡を頂いたんで 弔電を打ったよ」と答えると、
実は何日か前に弟さんがお店に来られ、
お兄さんの具合がかなり悪くなっているので気落ちしていたようなんですが、
トイレに置いてあった『佐渡世界遺産の歌』のCDを見て、
今日はこのCDを見せられに来たようだと言っていたとのこと。
自分がお店に来ることがあったら
チーム市川と書いたご親族で作っているらしい名刺を渡して欲しいと預かったようです。
自分は弟さんとは全く面識がなく、
その話を聞いて驚いたんですが、
しばらくして、まさか自分が【だっちゃ】にいるとは思ってもみない弟さんから、
告別式で自分の弔電が読まれたことに驚いて
わざわざ”さやかちゃん”のところに電話をしてくれたようで、
偶然にも自分がお店に来ているということで電話を替わると、
弔電の内容に本当に感動して涙が止まらなかったとのことでした。
それで、今後自分のライブが近くであったら行きたいので情報を欲しいと言って頂き、
住所を聞いて更にびっくり。
佐渡市と姉妹都市で、自分も頻繁にライブをして応援者が多い入間市でした。
実は、「佐渡世界遺産の歌」の毛筆の題字も、
入間の方で活躍されている書家の先生に書いて頂いたもので、
何だかとってもミラクルな展開でしたが、
自分は知り合いが亡くなる時に、
かなりの確率でこういうミラクルなことが起こる傾向があり、
また”市川求”さんがつないでくれた弟さんとのご縁に感謝しながら、
ご冥福を心よりお祈り致します。

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