クリスマスチャリティーまで10日切りました。

12月14日開催、
フェニックスクリスマスチャリティーイベントが10日後となりました。
音楽活動を始めてから、自分で意図したテーマではないことに遭遇して、
それが自分の音楽活動のテーマの一つになっていくことがあるわけですが、
その最初で最大だったのは、
それまで自分ではほとんど無関心だった戦史、
それに関わってくる戦没者の慰霊と言うテーマ。
たまたま見たドキュメンタリー番組に大変感銘をうけ作った『涙雨』と言う鎮魂歌が、
自分が考えていた以上に当事者の皆さんから反響を頂き、
音楽人生のみならず人生そのものの考え方を大きく変えた気がします。

振り返ると、何かこの時から自分が音楽を通してやるべきことは、
商業ベースの音楽では避けられてしまっても、
確かな感動があり本来社会に向けて発信すべきテーマを拾い上げて歌にすることだと
新たに意識付けられた気がします。
それは、大多数の一般大衆が対象ではないにせよ、
同じ人間ですから同じ価値観、
思考で共感し感動してくれる人は必ず一定数はいるはずで、
そこに向けて発信することを選択しましたし、
それが自分自身の心が納得する嘘のない自然な選択だと思えました。

それに続いてと言うか、延長のような感覚を受けましたが、
やはり東日本大震災の復興支援を経験するようになったことかと思います。
それまでこういったボランティア活動などは全く経験なかったものの、
さすがに日本人として何かしないといけない思いに駆られながら、
どのタイミングで何をしたらよいかわからず、
歌を歌っているものとして歌で何かできれば本望と思いながらも、
復興支援と言う大義名分で飛び交う音楽に何かものすごく違和感を感じながら、
本当に求められているのであれば行けるかも知れないけど、
同じ経験をしているわけでもない自分から被災地の皆さんを励ます歌など
おこがましいという強い思いに縛られ、
1年間自分の無力さを引きずって悶々とした日々過ごしていました。
その後、1年過ぎて今なら行って歌えるかな?と思わされる出会いから、
思い切って東北の被災地に通うようになり、
発信している側では気付いていなかった音楽のもつ力と言うものを
改めて気付かせて頂きました。
初めて仮設住宅で歌った時は、現地の皆さんの心に届いてもらえるのかどうか、
歌を歌うのにこんなに緊張したことはないくらい張りつめた気持ちでしたが、
その時は自分がそれまで経験してきた戦没者の慰霊祭で歌を奉納する経験があったので、
そのような厳粛な気持ちで歌ったのをはっきり覚えています。
その時に出会った当時85歳のきよねさんとの出会いが、
歌う前にあんなに暗い表情だった方が、
ライブが終わった後、満面の笑顔に変わって手を握ったまま話続けてくれて、
その出会いが自分のすべての不安を吹っ切ってくれて通い続ける原動力になりました。
音楽の力を改めて教えてくれたのが、東北の被災地の皆さんでした。

そう言う意味でこの『月夜に降る雪』は、
2012年1月、
自分が東日本大震災の復興支援に動き出す直前の悶々とした無力さを歌った歌で、
思い入れのある曲です。
この映像を観ていると色んな思いが蘇って来ます。
何と、御殿場「居酒屋 庵」のマスター&ママにとっても、
この歌はお二人のとても大切な1曲になってくれているそうで、
ライブでもリクエストされることがありますが、うれしいです。
「YOU TUBE」にはデモ音源の時にアップしてますが、
当時、自分が鼻腔にできていた腫瘍の手術をする前に録った声なので鼻声です。
ご勘弁ください。

https://www.youtube.com/watch?v=WFxEgmXxiMA&t=7s

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