3.11に思う。

3.11を前に、考え過ぎなのかな…と思ったりしますが、
自分なりにちょっと思うところがあり気持ちを整理していました。

自分が震災直後、何かしたいけどそういったボランティア活動の経験もなく、
どうしたらよいかもわからず、
歌を歌うものとして歌で何かできれば本望と思いながらも、
あれだけ大変な経験をされた皆さんを歌で励ますなど、
単なる自己満足かも知れないし、とてもおこがましく思えて踏み出せませんでした。
自分も被災して同じ体験をした立場で発信するのであれば、
それは大変な説得力をもつと思いますが、
そうではない立場で次々に復興支援ソングとして歌が世の中に発信されることに、
とても違和感を感じていました。
もちろん、CDの売り上げなどが全部被災地に寄付されると言うことが前提であれば、
それはそれで良いことだったとは思いますが…。
結局、自分は復興支援活動を始める前の
自分の悶々とした気持ちを歌った歌は作りましたが、
復興支援に関わる歌を作ったのは、
初めて現地に行って心から作りたいと思ってからでした。
消極的と思われるかも知れませんが、
自分の中では被災地で自分の歌が必要とされる時が来たら、
例えば震災を経験された被災地の方か、
すでに被災地で復興支援の活動していて、
現地の様子を分かっている方から
是非歌って欲しいと言うお墨付きが頂けたら歌えるかな…?と思いながら、
悶々とした日々を過ごした1年間でした。
1年少々過ぎたところで、まさにそういう出会いがあり、
自分の歌が被災地で歌える時が来たのかな?と、
背中を押された気持ちで現地に向かう気持ちを固めたのを、
つい昨日のことのように思い出します。

それで、何が言いたいかと言うと、震災後8年目を迎えますが、
愛する人を失った方の悲しみは、
もちろん当事者の皆さんは必死に忘れようと闘っていると思いますが、
何年経っても決して忘れられるものではないと思います。
だから、被災地の皆さんが、前を向いて頑張ろうとか、
もう辛いこと、悲しいことは忘れて前に進もうといったことをご自身で発信するのは、
当然そういう気持ちにならないと復興が進まないので当然のことと思うのですが、
当事者でもなく被災地に責任のない立場の第三者から
そういうニュアンスの言葉を発信するのは、何だか違う気がしてなりません。
むしろしてはいけないのではないかと思ってしまいます。

そう言う心の問題は、内面的に強い人もいれば弱い人もいる、
個人差がとても大きい問題だと思います。
復興支援に通っている中で、仮設住宅の頃から交流があり、
ご家族をほとんど全員亡くされた方がいて、
先月の気仙沼ライブにも会えるのを楽しみに来たと再会できましたが、
やはり表情に憂いを感じますし、そういう方の悲しみが消えるはずはないと思います。
また折角命が助かったと思えば、
自死を選択される方も多くいたり、
また精神的に病んでしまっている方も多くいると聞きます。
結局第三者の我々は、
単に生活環境やインフラが整ったから復興が進んでいると判断するのではなく、
被災地の皆さんの心に寄り添う気持ち、
そういう気持ちをもっての心の復興支援をまだまだ続ける必要性を感じています。
そう言うことを思っているので、自分自身が被災地で発信する歌は、
無理に明るい歌とか、元気が出る歌とか、
そういう歌はそう言う方に任せて、
そうでなくて苦しみや悲しみに寄り添うような歌、
この人は自分の苦しみ、悲しみをわかってくれる人と
思ってもらえるような歌を歌うことができたら本望で、
それが自分自身が理想とする復興支援活動かな?と思っています。
今日は、気仙沼からののど自慢を観ながら
ボラ宿熊谷さんの告知通り南郷の伊藤自治会長の出番も確認し、
その後は編集作業しながらそんなことを考えていた一日でした。

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