佐渡LIVEの動画③

月入って時期外れになりましたが、先日の佐渡ライブで初めて披露した【海府の冬】。
自分の原風景、実家のある外海府地域の厳しい冬を歌った曲です。
自分の子供の頃、
小学校で赴任中に3年間ずっと担任をしてくれた女性恩師が来てくれていて、
外海府の冬を思い出したと言ってくれていました。
宅録で簡単に録ったデモ音源はアップしてありましたが、
やっぱり家では控えめにしか声を出せないので、佐渡ライブのリハ音源です。
初披露曲で、この時点ではしっかりギター、ハーモニカが固まっていない状態で、
取り敢えずコードもどっちが良いか試して、
1番、2番で違ってる箇所があります。
この時の佐渡ライブでリハ映像を上げている曲は、全て本番の映像がない曲です。

これも佐渡LIVEで歌った季節外れの曲【赤く燃える冬の三日月】。
最後は、飛び入りサックスにアレンジリクエストしながら楽しそうなリハ映像です。
15年前、右も左もわからないまま、
やったこともないライブハウスのオーディションを受けて始めた音楽活動でしたが、
渋谷にあった頃の老舗ライブハウスAPIAでオーディションを受けた時に、
アンケート用紙にプロ志望かアマチュア志望か〇を付ける欄があり、
プロを目指す決意でオーディションを受けに来たたはずなのに、
プロ志望に〇を付けるのにしばらく躊躇して付けられなかったのを今でも思い出します。
不思議なもので、 アンケート用紙の上でボールペンが止まっているそのシーンが、
何だか今でも瞼に焼き付いています。

音楽業界全くわからない世界の上に、
10年余りギターも全くと言っていいほど触ってなかったので、
色んなタイミングが重なりやるなら今だと、
思いだけで踏み切ったので本当に不安だらけでしたね…。
音楽活動始める前に参加していた異業種交流会のあるメンバーにも、
確かメジャーリリースしてからだと思いますが、
後から「YAMATOさん、プロを目指すって言ってたけど、
正直内心は何言ってるんだと思ってたよ。」と言われたことがありましたね。
その位、当時の自分の演奏のスキルから言って、
正直、今のような姿は誰も想像してなかったと思いますね…。
初期の頃は、本当に今では考えられないくらいの孤独を感じながら、
とにかく他人の目は気にせず自分を信じきる闘いの中で過ごした日々で、
悔しい思いをしたこともあり、
この曲はある寒い冬の夜のライブ帰りのことを思い出しながら作った曲ですね。
個人的にこう言う曲は、前に上げた【海府の冬】も似た感じだと思いますが、
歌ってて自分では一番しっくりくる感じの曲なんですよね…。

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