天邪鬼だから思う日本人の集団心理…。

俺は、自分で本当に天邪鬼だと思う…。
まあ、日本人の価値観からすると天邪鬼であって、
そういう部分に置いては大多数の日本人的思考ではないのかも知れない。

とにかく、人気だとか、流行だとか、
世間一般の人が関心を示すものには全く無関心である。
と言うか、今人気だとか流行だと耳に入った時点で全く興味を向けたくなくなる。
要は、先入観なく完全に自分の判断で良し悪しを決めたもの以外、
すでに世間で人気があるとか、流行しているとか、
大多数の他人によって価値づけられたものには抵抗したくなってしまう。(笑)
自分の判断以外で、ある意味意図的に作り上げられた人気や流行的なものに左右されたり、
踊らされたくないというような意識が強く働くのである。

実は、カリスマと言う言葉も大嫌いだ。
カリスマと位置づける人間に対してある意味自分の存在を委ねることになる。
自分自身で物事をしっかり考え判断し、行動できる人間からなる集団であれば、
カリスマなんていらないはずだ。
あの人はカリスマだなどと、
誰かをカリスマのように担ぎ上げること自体、
自分で判断し、責任をもつことを放棄しようとしているように思えてしまう。
ブランド志向なんかもそうだろう。
本当にその機能性とか、耐久性とか、
その商品の本当の価値をわかって愛用するならともかく、
ブランド名だけで、
見栄やそれを持っていれば何か自分の価値が上がり安心感を得られるように錯覚し、
自分に自信がないことを隠そうとする過度なブランド志向。
そう言うのも、一種の日本人の集団心理なのだろう。
自分では判断したくない、自分の中に責任を内在させたくない。
右向け右で、
みんなが良いと言っているものを選択していれば仲間外れにもならず安心だし、
周囲に良いと言う声が無い場合、自分だけ良いとは主張できない。
少数派よりは、多数派に所属していた方が安心だから。

一般的な日本人がもつ集団心理性…。
ビジネスなんかに置いて言えば、
何か商品の販促をするにあたってこれほど都合のよい国民性はないだろう。
テレビで有名なタレントを使ってどんどん宣伝すれば、
誰々が使っている、持っているで売れるし、
周囲が持っているのに自分だけ持っていないのは仲間外れになる感じで怖い。
幼稚と言えば、幼稚な感覚だけど…。

例えば音楽や絵画なんかを例にしても、
よく、日本では評価を受けていないのに海外で評価を受けるアーテイストがいる。
日本国内では、音楽も洋楽志向が強くなり、
洋楽からのパクりの楽曲なんかが横行してても評価されている。
そんなものが、海外で評価されるはずはない。
これも日本人の国民性を象徴している良い例だと思うが、
自分自身で良いものを判断できない、
右ならえで、みんなが良いと言うものを選択していれば安心のような集団心理の強い日本では、
無名のアートが正しく評価されて世の中に出ると言うのは難しい環境なのだろう。
逆に、海外で実績を作ってしまえば、
それこそ、
欧米志向の強い日本人の集団心理をうまく利用して大きく広げることが容易くなるのだろう。
でなければ、例えばプロモーションにお金を懸けてメディアを動かせるような財力があれば、
それこそ、うまく日本人の集団心理を利用できるのかも知れない。

何故、こういうことを書いたかと言うと、
まあ、常々思っていることなんですが、
昨日、偶然某アーティストが引っ掛かってちょっと色々検索していたら、
ある有名アーティストがその彼の演奏に感動して自身のブログで紹介したところ、
「YOU TUBE」のアクセスが増えたり、
ライブ会場に足を運ぶお客が増えたとかが書かれていました。
結局、その有名アーティストのファンの人たちが流れた数なんですが、
そこにも日本人の集団心理が潜んでいると思うわけです。
おそらく自分の大好きなアーティストが評価したというその既成事実で、
自分でそのアーティストの演奏を本当に評価したと言うより、
その言葉に流されて良いと思い込んでしまう人もかなり多いのだろうという事です。
きっとそういう既成事実なく聴いていたら、
果たして同じ数の人が評価していたのだろうか?と思ってしまいます。
そういう有名アーティストが評価するしないは別にして、
自分の判断で感動して良いと感じたのなら
それは本当の評価なんでしょうが、
日本人の集団心理を考えるとそれは少数派でなないかと思えてしまいますね…。
でも、その某アーティストとしては、
うまく集団心理を利用してファンを獲得できるきっかけを得たわけで、
願ってもない絶好のチャンスを掴んだと言えますね。

例えば、アーティストの音楽性自体は何も変わらないのに、
テレビに出た途端に皆が注目仕出し、評価が上がるようなこともそうでしょう。
今まで見向きもしなかった人が急に手のひらを返すようなことも往々にしてあるでしょう。
裏の事情を知らなければ、
完全にテレビに出るものは良いものみたいな意識が我々の中に刷り込まれていますからね。
ある元大手レコード会社のプロデューサーが、
集団心理を利用すればファンづくりや集客は難しくないんだと言っていましたが、
大手の音楽業界は、
日本人のそういう集団心理をうまく利用したプロモーションを仕掛けて
アーティストを成功させて行くんでしょうね。
ただ、日本人でも、ライブハウスなんかで出会った方の中に、
自分はメジャーアーティストには全く興味がなく、
まだ多くの人には知られてないけど
インディーズで活動している良いアーティストを探しているんだという人に出会うことがあります。
そういう人は、大多数の一般的な集団心理の中で築かれた判断基準に流されず、
自分の感性で確かめ、本当に良いと思うものを判断しようとしている人なんでしょうね。
でも、みんな仲間が多ければ多いほど疎外感もなく安心していられるので、
やはりそういう人は少数派でしょうね。

それと、平泉が世界遺産委登録されましたね。
これは、東北地方の被災地としては本当に明るいニュースで、
町長さんが涙ながらに喜んでいた姿が印象的でしたが、
このことでも、自分としては日本人の集団心理?を感じることがありました。
東北復興のためにも、確かにたくさんの人が訪れることは良いことだし、
訪れて欲しいと思いますが、
平泉の文化遺産としての価値は、
世界遺産に登録されたからと言って、
それまでの平泉とは全く変わってはいないわけです。
世界遺産に登録されたという話題性だけで、
きっと日本人の集団心理が働いて訪れる観光客が多くなるだろうと思いますが、
本当の意味でのその文化的価値を感じられる日本人どのくらいいるのだろう?
とも思ってしまいます。
でも、東北地方の復興のためには、
こういう場合の集団心理は大歓迎で大きく働いてくれるといいですね。

最後に、外国人から見た日本人の集団心理性を面白く例えたものがありました。
面白いです。

※ある船に火災が発生した。船長は乗客に海に逃げるよう指示した。

イギリス人には 「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には  「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい」
ロシア人には  「最後のウオッカのビンが流されてしまいました。今追えば間に合います」
中国人には   「おいしそうな魚が泳いでましたよ」
北朝鮮人には  「共和国に帰らなくて済みますよ」
ポリネシア人は 黙ってても喜んで海に飛び込む。
日本人には   「みんなもう飛び込みましたよ」

現状で日本の未来を考えると本当に憂えることばかりなのですが、
せめて、自分の頭で考え判断し、
堂々と行動できる日本人が増えていってほしいと願うばかりですね。

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