ブーゲンビル島戦艦大和フォルム発掘の旅:報告:2

さて、久々にブーゲンビル島の報告の続きをアップします。

●7月30日(土)
この日は、いよいよフィルム発掘調査の第一日目。
まずは、拠点になるナカロ村に行って挨拶。
この日、酋長は買い物に行っているとのことで留守でした。

・ナカロ村の子どもたち。

ナカロ村を拠点にジャングルに入って行きますが、
まずは、4年前TBSで放送された時に、
金属探知機を使って捜索した場所に行ってみました。
かなり深く掘ったらしい穴が、4年でこんな変わるのかというくらい埋まってしまっていました。

その後、戦闘機が墜落している場所があるとの村人の勧めで行ってみました。
日章旗の跡がはっきりあったので、日本軍のものですね。

・かなりしっかり残っていました。

・機体ナンバーがはっきり残っています。

・プロペラと。

一度村に戻り、昼食を摂った後は、
今回調査するジャングルの入り口あたりにある日本軍が切り開いた畑に行き、
翌日から本格的にジャングルに分け入る方角などを確認して終わりました。

・シェルの首飾りを付けた村の赤ちゃん。

・YAMATOステッカーがかなり気に入ったようで放さない男の子。

この日は、簡単な確認程度の調査で終わりました。

●7月31日(日)
朝から天候はバッチリ!

ナカロ村に行くと、
前日いなかったビッグマン(酋長)がいて改めて挨拶をし、
酋長も一緒にジャングルに同行することになりました。

・ビッグマンにもサインしてもらった捜索隊の旗を掲げていざ出陣!

・ジャングルに入る直前の”小川”隊長と同行の村人。

・日本軍の軍刀を持っていた村の青年。

自分以外は、一番若くて66歳、最高齢は戦友の方で85歳。
さすがに湿地帯のジャングルを歩くのはかなりきつく、
小さな川や湿地帯の水たまりも多く、
その度に現地の村人が背負って渡してくれました。
85歳の戦友”松下”さんと三重から来た70歳の”花井”さんは途中でギブアップ。
現地の村人に背負われて先に村に帰りました。
首に巻いているタオルを絞ると、
まるで濡れぞうきんでも絞るように汗がが出て来ます。

・休息中の皆さん。

お二人が脱落した後は、
”小川”隊長69歳、”吉田”婦人72歳、”新垣”さん66歳で捜索続行。
途中、日本軍の豪があり、高射砲もありました。

・大分土に埋まってしまった高射砲。

ところが、次に”小川”隊長の体がかなりきつくなりだし、
紐で体を縛って村の少年に引っ張ってもらうという手段に出ました。
それでも、最後は完全に歩けなくなり、
村人に背負ってもらってジャングルを出ることになりました。

この日、トータル4時間半ジャングルを歩き続けたことになりますが、
結局、探している小高い丘らしきものは全く見当たらず、
空振りに終わってしまいました。
この日で、隊長はじめ皆さんが、
ジャングルを足で捜索することの体力的限界を感じたのだと思いますが、
ナカロ村の村人に大体埋まっていると思われる地理的なものを説明して、
帰国後は、村人に継続捜索をしてもらうということでまとまりました。
そのあたりをビッグマンに説明して、
何だか、隊長も肩の荷が下りたという感じになりましたね。

夜は、ビッグマンと食事をして、食事の後は、俺のライブを敢行。
皆さん、大変喜んで盛り上がりました。

・特に喜んでくれたビッグマン(酋長)。

こうして、疲れ果てた本捜索の一日が終わりました。

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