ご冥福をお祈り致します。

少し前に、自分の生まれ育った岩谷口集落のおばちゃんが亡くなったと
親父から連絡がありました。
息子や娘が丁度自分と同世代と言うこともあり、
子どもの頃は特にお世話になった父親、母親世代です。
以前、佐渡に帰って集落の公民館で歌った時に、
自分の『追憶の故郷』という曲を何度かて聴いてくれていたんだと思いますが、
「やっちゃん、あの歌を聴くといつも涙が止まらんよ」
としみじみと声をかけてくれたのを思い出します。
実際、歌詞の中の「じゃあまた明日な!」と言うのは、
幼い頃によく遊んだおばちゃんの息子と夕方帰り際のやり取りでもありました。
限界集落となり、もう住民が減っていくのは止められませんが、
少し前に作った『親父の歌』の歌詞の中にもある長男が家を継いで当たり前の時代に、
またその嫁として故郷に残って貧しい地域の暮らしを支え守ってきてくれたことで、
自分はその地域社会の中で生まれ育ち、
人間形成に大きく影響を与えてくれたと思っていますし、
故郷を離れてしまっている自分にとっては、
せめて故郷への感謝の気持ちだけは持ち続けたいと思っています。
幼い頃にお世話になった人が、
また一人亡くなってしまい寂しい限りですが、ご冥福を心よりお祈り致します。

追悼の意味を込めて『追憶の故郷』の歌詞です。
この歌は、2008年に『月』をメジャーリリースが決まった直後、
レコード会社の社長から
『佐渡ヶ島』以外に故郷をテーマに何か曲を作ってみるように言われて作った曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=aBhPT1wu9lU

【追憶の故郷】
詞・曲/YAMATO  2008

1:茜雲を追いかけながら 裸足で駈けずり回った浜辺
遠くで母親の呼ぶ声に 気づけば夕陽は関崎の向こう
風に棚引く夕餉の煙 跳坂の上には瞬く一番星
「じゃあまた明日な!」って手を振って 笑顔で別れた友たちは何処(いずこ)

忘れない 無邪気なあの頃を忘れない
誰もがそんな追憶の故郷
胸に抱いて今を生きている
都会の空の下で生きている

2:学校帰り道草しながら あの娘(こ)と探した四葉のクローバー
古いアルバムの思い出と 一緒にそっと仕舞ったまま
木造校舎のささやかな校庭 僕らの愛と夢を育ててくれた
空に高らかに響いていた 歌声は時代の流れに消えた

忘れない 憂い無きあの頃を忘れない
誰もがそんな追憶の故郷
胸に抱いて今を生きている
都会の空の下で生きている

帰りたい 故郷を捨てた訳じゃない
夢追うにはただ小さ過ぎた場所
そうただそれだけなんだ
故郷は今もこの胸の中…

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・廃校後6,7年して、取り壊す直前12年ほど前の写真だと思います。
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