まだまだコロナ禍の中にありますが、
経済も回さないといけないこともあり、
いくつかライブのオファーを受けて開催します!
横浜中華街と能登輪島です。
どちらも人数制限しながらになり、
横浜中華街は早々と締め切っていますが、
能登の輪島の方はこれからになりますので、よろしくお願いします!
・横浜中華街 ・能登輪島

1年位前に初めて行って、お店でライブをと言う話にもなりましたが、
コロナ禍ですっかりご無沙汰になっていた川越の「かき小屋小江戸」に行って来ました。
マスターの太田さんが、
東北の復興支援の為に東北から牡蠣を取り寄せて営業しているお店です。
新しいミニアルバム『漁師一筋男歌』の発売に伴い、
マスターがお店にポスターを貼ってくれるとお声掛け頂いていたのと、
昨年福岡から上京したでこちゃんのご紹介で、
このお店で待ち合わせして知り合った似顔絵アーティストの鈴木正道さんの個展が、
やはり川越で開催中だったので、それも兼ねて急遽行って来ました。
会場は、鈴木さんが普段働いている地元の「日乃出」という蕎麦屋さんです。
鈴木さんの似顔絵は、本当に構図の発想が面白くて、
オリジナリティーがあり、ほのぼのして来ますね。
お近くの方、是非、足を運んでみてください!
・鈴木正道さんの【結展】へ。
・太田さんも合流して。
さて、今回のミニアルバム発売の経緯などを書いたチラシも本日無事に届き、
これでポスター、CDと合わせて販売用ツールが全て揃いました。
ご注文頂いている皆さん、順次発送して行きますので、もう暫くお待ち下さい!
これから新潟のBSNラジオ、uxテレビ、
新潟日報などでプロモーションして頂くことになり、
営業も兼ねて新潟~佐渡へ行くことになります。
新しいミニアルバム収録曲の中から、
佐渡佐和田にある元演歌歌手のマスターのお店【MUSIC PUB しまちゃん】の
イメージソング『恋っちゃ 佐和田』のカラオケ用フォトスライドショー作ってみました。
マスターとも知り合って13年になる?
知り合いに紹介されて知り合ったばかりの頃、
佐和田を元気にする歌を何か作ってよと言われて作ってあった曲ですが、
ここに来てやっと日の目を見ることになりました。
『東京ヤゴダ会』主催、
千鳥ヶ淵墓苑でのシベリア抑留犠牲者鎮魂慰霊祭無事に終わりました。
率直なところ、本当に良い慰霊祭になりました。
昨年に続き、遠く能登から萬燈祭を主催されている中西さんご夫妻、
そして、何と先月能登でお会いしたばかりの中さんまでが、
サプライズで駆けつけてくれて、
慰霊祭前のご対面で、まるで能登にいるような錯覚に陥りました。
能登の人、熱いですね〜!
そして、自分の奉納演技では『ヤゴダの祈り』の後、
この何年か歌っていなかった
『涙雨』を前日になって急遽歌って欲しいと言うことで歌ったのですが、
何と『涙雨』を歌っている時に”涙雨”が降りました。
自分は歌っている時に全く気付かなかったのですが、
能登から参列頂いた中西さんが、最後の参列者の挨拶の時に
「皆さん、『涙雨』を歌っている時にまさに涙雨が降りましたね。
先祖はこの場に生きていて、我々の想いが届いているんです」と話され、
自分はそこで初めて、えっ!?まさかの”涙雨”が降ったの?と、
奉納演技が終わる頃には全く降っていませんでしたので、本当に寝耳に水でした。
皆さん、わかったようですが、
『涙雨』を歌っている時にミストのような雨が降っていたようです。
中さんも感想で
「初めてこういった慰霊祭に参加して、YAMATOさんが慰霊祭で『涙雨』を歌うと
雨が降り出す経験を何度もしていると言う話を聞いていて、
今までは正直本当かな?と思っていましたが、
今日まさにその”涙雨”を体験して、本当に感動しました。来年も参列したいと思います」
と話して頂きました。
シベリア抑留経験者の参列も無くなって数年経ち、
今年も抑留経験はされなかったのですが、
士官学校に通われていた92歳の廣島さんだけが、
正式に会長と言う立場でお元気に参列されました。
今年は、コロナが重なり参列者の参加人数が危ぶまれましたが、
参加予定で来れなかった方も多かった中、その分を補う急遽の参列者の方も居てくれて、
本当に感動的な良い慰霊祭になりました。
事務局長さんからも
「YAMATOさん、来年からまた『涙雨』は定番でお願いします」と言われましたので、
『ヤゴダの祈り』と合わせて歌うことになります。
司会の佐波優子さんからも「本当に涙雨を降らせる素晴らしい歌声でした。
YAMATOさんの奉納歌唱あっての慰霊祭だと、
本日改めて実感しました」とのうれしいメールがあり、大変光栄でした。
関係者、参列者の皆さん、本当にお疲れ様でした。
・92歳の廣島会長挨拶。
・大阪から参加の遺族の追悼文。
・YAMATO奉納演技。
・最後の献花・
・能登から参加頂いた志賀町萬燈祭主催者の中西さん。
・やはり能登から参加頂いた元自衛官の中さん。
・司会の佐波優子さんと。
・有志での直会。
内閣官房拉致問題対策本部のホームページに、
拉致問題解決支援ソング10曲目として、『愛しき人よ もう一度』も掲載頂きました。

https://www.rachi.go.jp/jp/alljapan/song.html
10月最終日、土田さんの畑のお手伝いに。
無農薬で野菜を作っているので、
肥料も栗の木から落ちた葉っぱなどを集めて腐葉土を作るので落ち葉を集めました。
天気が良くて気持ち良かったです。
11月4日は、今年世田谷一家殺害事件も20年目を迎えますが、
コロナの影響で12月の慰霊祭を中止にすることもあり、
以前はよく来て手伝ってくれていた宮沢さんのお母さんがこの畑に来て、
フジテレビの取材を受けることになっていました。
お母さんも89歳になるので、拉致被害者の親御さんとも重なりますが、
お元気でいるうちに犯人逮捕がなされて欲しいものです。
そのためにも、DNA捜査の早期実現なんですよね。
◆10月25日
この日は、両親が牧場の当番だと言うので、相川の牧場へ。
そして、少し紅葉には早いようでしたが、そのまま大佐渡スカイラインを走って来ました。
やはり少し早く、風が強かったですね。
白雲荘の所で、佐渡で会うのは初めてだった懐かしい女性に声をかけられびっくり!
実家に帰るなり、お袋からちょっと来てみろと言われ座敷に行くと、
何ときれいに残っているアオダイショウの抜け殻がありました。
よく言われているように縁起が良いと思っているので、
帰省した時に時々実家に飾ってあるのを見ることがありますが、
昨年はつがいの抜け殻が飾られてました。
話によると、畑でつまづいて倒れそうになって手を付いた所にあったそうで、
この長さのものが全く傷んでいない状態で見つかるのは珍しいようです。
長さは、172センチと書いてあり、お袋もご満悦の様子でした。
◆10月27日
最終日の夕陽。
結局、佐渡入りした日こそは雨で海も時化ていましたが、
その後は天気も良く、佐渡最終日はこんな夕陽が見れました。
2日前に同級生に声掛けられて、10月23日から佐渡へ行って来ました。
本当は日曜日に入るはずの予定が無くなったので、
これは行けと言うことなのか!?と、持ち前のフットワークの軽さを発揮することに。
でも、何か県外ナンバーばっかり!
パッと見て新潟ナンバーの車なし。
遠くは室蘭ナンバーも。
今佐渡観光が人気になってるようなことをテレビか何かで観ましたが、
Go to トラベルで佐渡観光に行く車だったんでしょうね。
◆10月23日
小木の同級生の実家、七右衛門蕎麦屋に馴染みの同級生が集まって、
腹がはち切れそうなほど御馳走食べました。
本当に苦しかった~!
この七右衛門蕎麦、江戸時代から続いていて、
同級生の父さん、母さんが高齢で頑張って続けていますが、
何と、何と、この度ミシュランガイドに掲載される快挙を成し遂げました!
2日前に声をかけられ佐渡に行くことにしたんですが、
10年くらい前は、毎年地元小木まつりに歌い行くと、
いつも同級生の家で泊めてもらって、父さん、母さんには大変お世話になったので、
元気なうちにまた会いたいと思ったことありました。
そうしたら、こんなお目出度い情報もあって、本当にうれしい限りです。
そして、明日は同級生の父さんが88歳になるそうで、
その年齢で蕎麦を打ち続けていることがすごいですね!
◆10月24日

・おばさんが色々説明してくれました
・昔の七右衛門二階
・宿泊組はミニ観光へ!
・小木の町に残ってる古い建物。

・宿根木へ!
・上の写真は、この面々。
・沢崎灯台で。